1-12

 ビルの外に出ると、ムラクモが入り口の側に立っていた。

 そのすぐ近くではカナタが警備兵を踏みつけている。

「周りが野郎だらけだったから、てっきりしくじったのかと思ったよ」

 カナタは横たわる警備兵たちを指して冗談めいた笑みを浮かべた。

「そう思うならさっさと援護すりゃいいだろ……ひとまず任務完了だ」

 汚れた銀髪をかき上げながらシグレは歩き出す。

「待て」

「ああ?」

 呼び止めたのはムラクモだった。

「…………」

「なんだよ、おい」

 上空を見上げたまま黙るムラクモに、シグレが苛立ちを見せる。

「どうした新入り」

 カナタも訝しげだ。

「咆哮が、聞こえた気がした」

 ムラクモ。

「咆哮? トラックの走行音かなんかだろ」

「シエンならアタシがやったぞ。動物園は店じまいだ」

 シグレとカナタは互いに顔を見合わせる。

 困った新人を放置してそのまま帰ろうとした時。

「来るぞ」

 ムラクモが言った。

 視線の先、遥か上空に現れたのは一匹の巨大な飛竜だった。

「おいおいおいおい」

 シグレとカナタは同時に声を上げる。

 飛竜は急降下してこの北陸区に迫っていた。

「あれは無理だ。一旦戻ろう」

 カナタは既に走り出している。

「こっちに気づいてないか? 散ったほうがいい」

 シグレも方向を変えて撤退を始める。

 飛竜は確かにこちらに向かっているようだった。

 ムラクモはそれを見て呟くように言った。

「あの竜は火を吹くぞ」

「先に言え馬鹿野郎!」

 三人は間一髪で建物の窓ガラスを突き破り、火の息を回避。

 周囲は瞬く間に火炎地獄と化した。


「お前が知ってるってことは、京都の勢力か?」

 窓から入り込む熱風を腕で防ぎながらカナタが問う。

「そうだ」

 ムラクモが答える。

 こちらが疲弊したタイミングで京都が侵攻を開始したとなれば、状況はかなり悪い。

 恐らく北陸区を足掛かりに中部エリアの制圧を目論んでいるのだろう。

 あるいは東海区も既に。

「あれはアタシが引き受ける」

 シグレが言った。

「バカ言え。お前ボロボロじゃねえか」

 カナタが制止する。

「じゃあお前らでアイツを仕留める手段があるのかよ。無いだろ」

「東海区はムクロの権限内だ。連中も簡単には攻められない」

「あの男は信用できない」

「意地張ってる場合か!?」

「いいから行け」

 シグレが取り出した拳銃はカナタに向いていた。

「お前……」

「もし東海区が落ちるようなことがあれば……ムラクモ、お前がヨドミを連れて北に逃げろ。小さい女の子だ。会えばわかる」

 シグレはムラクモの返答を待たずに、建物の外へと飛び出す。

 飛竜は火を一帯に撒き散らしながら旋回していた。

 明らかな虐殺だった。

「招来の実行権限を行使する」

 シグレが引き寄せたのは、携帯式の地対空ミサイル。

 対象が接近したタイミングを狙い、発射する。

 ミサイルは飛竜を自動で追尾するが、火の息に阻まれてあっという間に撃ち落とされた。

 シグレは既に二発目を装填済み。

 だが、飛竜がミサイルの軌道を辿ってシグレに迫っていた。

 それでもシグレは退かない。

 引き金に指をかける。

「やってやる」

 その時だった。


 辺りが急に暗くなったように感じた。

 シグレは周囲を見回す。

 飛竜はどこに行った。

 何も聞こえない。

 ここはどこだ。

 市街地か、廃墟か、草原か、砂漠か、海か、空か、星か、銀河か、宇宙か、現世か、常世か。

 暗い空には日食と月食が浮かんでいた。

 その二つが見えたら、戦闘を終了しろ。

 あの男との決め事である。

『間に合ったな。中部エリア全域は今、俺の権限内にある』

 ムクロの声だった。

 それは幻影のコード。

 幻によって生物の認知を支配し、戦闘を強制終了させる。

 人数で劣る東海区が外部からの侵略を防いできた切り札の一つである。


『悪いが全員すぐに戻ってきてくれ。京都だけでなく東の連中も動き出したようだ。このままいけば挟み撃ちになる』

 ムクロは淡々とした口調でそう言った。

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カルマの契約者 Afraid @Afraid

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