1-11
ビルの一階。
未だ微かな黒煙と焦げ臭さが漂う中、複数の警備兵がエントランスを封鎖している。
侵入者の脱出を防ぐと同時に、増援の存在を警戒しているのだ。
爆発音。
警備兵の頭上から粉塵が降り注ぐ。
見上げるとエントランスの天井には大穴が空いていた。
周囲の警備兵が一斉に銃口を向ける。
だがそこに侵入者の姿は無い。
代わりに何かが落ちてきた。
閃光手榴弾だ。
炸裂するより早く、警備兵は自らの目と耳を腕で素早く覆っていた。
だがその一瞬の隙にエントランスへ降り立ったシグレは、担いだマシンガンを振り回して近距離の敵を薙ぎ払いながら掃射を開始した。
エントランスの警備兵全滅から数分後。
「さて、どう来る」
エレベーターホールに最後の爆弾を設置し終えたシグレ。
できれば建物自体の爆破ではなく、待ち伏せた上での爆殺を図りたい。
本来、こうした緊急事態にエレベーターを利用して降りてくるとは考えにくい。
だからこそ裏をかいたという言い方もできるが、何より救世主気取りのシエンのことだ。
非常口から逃げるような真似は彼のプライドが許さないだろうという判断である。
このエントランスから左右に広がる廊下の先にはそれぞれ階段もあるが、先程の放火により廊下は防火扉が作動しているため今は通ることができない。
階段側から開けようとすれば爆弾が作動するよう工作済みだ。
つまり、シエンが直接こちらを襲ってくるにしても、エレベーターを利用するか一旦外に出るしかない。
向こうが動かないなら建物ごと爆破すればいい。
否、そうではなかった。
「さっきの穴、塞がないとまずいな」
招来のコードがあればシートくらいは用意できる。
人の手で簡単に破れるが、せめて蜂や蜘蛛の侵入だけでも防いでおきたい。
シグレがエントランスの穴に向かおうとした時、背後で音がした。
エレベーターの扉をこじ開ける音だった。
振り向いた時には大量のスズメバチが目の前に押し寄せていた。
ナイフで振り払うも、対処しきれない。
火炎放射器を招来する時間が無い。
「ド畜生ッ」
シグレはポケットに忍ばせていた通信端末のボタンを押した。
起爆装置が作動し、エレベーターホールから爆炎と轟音が一気に広がる。
それは蜂だけでなくシグレ自身をも巻き込んでいた。
「げほっ……最悪だ」
崩落した天井の瓦礫を押しのけて起き上がるシグレ。
シエンはどこだ。
殺したか。
霞む目で周囲を見渡す。
不快な羽音が聞こえてくる。
蜂ではないようだ。
目眩が酷い。
宙に人が浮かんでいるように見えた。
真っ黒な人の形だ。
徐々に視界が戻ってくる。
そしてようやく見えてきた。
浮かんでいるのは紛れもなくあの男だ。
全身を隙間なくカブトムシで包み込んだシエンだった。
羽ばたくカブトムシの浮力で浮いているのだ。
「虫の如く地を這う女! 人間の尊厳無し!」
シエンは高らかに声を上げる。
「虫はお前だろうが!」
シグレが拳銃で応戦する。
だが分厚いカブトムシの鎧が銃弾を防いでしまう。
拳銃よりも大きな武器が必要だ。
地に降り立ったシエンが一気に接近する。
カブトムシをまとった右ストレート。
シグレは両腕で防御する。
シエンの左フック。
足を上げて防ぐ。
だが続けざまに放たれたハイキックがシグレの側頭部に命中していた。
霞んでいた視界がさらに歪む。
倒れる寸前で踏みとどまるシグレの首に、シエンの両手がまとわりつく。
「死ねい!」
首を絞めながらシエンが叫ぶ。
声を発することができないシグレは、口の動きだけでそれに応えた。
お、ま、え、が、し、ね。
首を絞めるためにむき出しになった手。
そこに向けてシグレは思い切りナイフを突き上げた。
「ぐうッ」
激痛で怯むシエン。
シグレが蹴り飛ばす。
シエンは転がりながらカブトムシの浮力で体勢を立て直した。
だがその僅かな間に、シグレは招来のコードを実行していた。
彼女の手には火炎放射器。
「耐熱性を検証してやる」
放たれる火炎。
シエンの全身が赤々と燃え上がる。
カブトムシは既に死滅している。
それでもシエンは前へと這い進む。
シグレは徹底して炎を浴びせ続ける。
主人を助ける動物はもういない。
それでもシエンは前へと這い進んだ。
「我らが悲願……略奪のカルマを…………この手で……」
炎の中から黒焦げの手が伸びていた。
何かを掴もうとするように。
その手が再び動くことはなかった。
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