第8話 仔犬王子の失敗

(まさか留学を考えていたなんて――)


ノームとキースが向いに座っている。

王宮への帰りの馬車の中。

公爵からの話を、3人で話し合うつもりだったのだけど。


(はあ……リズのさっきの言葉が頭から離れない)


僕の側からいなくなるなんて、思ってもみなかったから。

卒業したら、婚約して、その先も一緒に――。


と、考えていた僕の思いとは別に、リズはずっと以前から考えていたようだった。


(あれはもう、止めれるレベルではないよな)


リズは結構頑固で、1度決めたことは曲げない。

あれはもう決意した顔だった。

公爵や母君が反対しても、彼女は押し通すだろう。


(留学先で、僕以外の男性を好きになってしまったら……)


そう考えるだけで、彼女を閉じ込めてしまいたい衝動にかられる。


万が一、彼女が僕以外を選ぶ未来がきてしまったら――。


(僕は感情のない人間になってしまうな)


他の女性が入り込む余地なんてない。

それ程思ってる。

狂おしいほど。

彼女に対する執着心は、自分でも怖いと思っている。


(これは計画の立て直しだな)


学者になりたい――というのは薄々気づいてたし、リズらしいと思う。

あの家の血筋なのだろう。


「全く、そんな死にそうな顔つきするくらいなら、格好つけずに、ずっと僕の側にいてって、言えばいいのに――」

ノームは呆れたような表情を浮かべている。


そう、何があってもリズを応援する――。

あんな言葉いわなければよかったのかもしれない。


「あれも本心だよ」


(あの気持ちは嘘じゃない)


格好つけてるとか言われても、あれも本音の1つだ。


ずっと側にいて、彼女を見てきたつもりだ。


(ずっと僕の側には居てくれると思ってたのに……)


まさか彼女が僕から離れることを考えていたなんて。

僕を置いて行ってしまうことを考えていたなんて。


(彼女の思い描く未来に、僕は存在してるのかな)


答えを聞くのが恐ろしすぎて、聞くことはないだろうけど。


親しくしてるとは思う。

幼馴染として、常に側には寄り添い、存在していたはずなのに。

依存しているとも思う。

彼女なしに僕自身の人生はないと思えるほどに。


(悠長なことは言ってられないかもしれない)


だけどソラティス公爵との約束は、学園を卒業したら――だ。

それまでに、外堀を全て埋めてしまうことを考えなければいけないだろう。


(僕と同じだけ、早く好きになって欲しい)


側にいないと生きれないほどに。

お互いなしで生きれないほどに。


彼女の意思なく、進めていくことになるかもしれないけど。


(嫌われていないとは思う)


彼女の本音を聞き出せる位置にいて。

心を開いてくれていると思う。

表面的な付き合いはしていないはずだ。


(それにさっきのストールはやばかった……)

そう考えるだけで、顔が赤くなっていくのを感じる。


あのリズの匂い。

思考の沼に陥りそうだった僕が、一瞬して覚醒した。


(あんなの間近に感じて、理性を抑え込むのに必死だった)

抱きしめたい衝動に抑えるのは大変だった。


開いてくれている心を閉じてしまう可能性のあることはしたくない。


「それにしても――太公様からの手紙なんて驚きました」

「敵対してると思っていたのに、な」


キースの言葉に僕は思考が冷静になっていくのを感じる。

まことしやかに囁かれている噂のことを考えていた。


叔父上は、昔から僕に厳しい目を向けてきていた。

幼い頃は、父上とそっくりとされるほど人見知りだったからだ。


悪意ある目に、僕はいつも怯えていた。

とある侍女に襲われて、誘拐されそうになったことがあった。

可愛すぎる僕を自分だけに者にしたかった――とか聞いている。

どろどろとした愛欲の目で見つめられて、僕は怖くなった。


あれから特に大人の女性が苦手になった。

今では皆のおかげもあってだいぶ良くなったが、年頃の女性は苦手だ。


(それにしても、あの噂は真実なのか?)


辺境の地を治める叔父上は、滅多に王都には来ない。

だけど常に王位を狙っていて、野心家だと言われている。


(僕を助けるようなことを言うのか?)


僕がいなくなれば、王位継承権の3位である叔父上は一気に国王に座に近くなる。

弟のファイタントは、まだ13歳だ。

僕を廃して、後見に立つことも可能だ。


「ライルにはどう伝えるつもりだ?」

「問題はそこですよね……」


生物学上の父であるが、ライルは叔父上のことを憎んでいる。

母を不幸にした――との思いが強い。


叔父上からの情報といって、ライルが素直に受け入れる可能性は低い。


「ライルが1番、殿下の近くにいますからね。学園内のことは私は後から駆けつけることができる程度ですから」

キースはそう言うと溜息をつく。


公爵からの執務室に呼ばれた、僕たち3人は手短にメモのことを聞かされた。


『リズには黙っていましたが、あれは古代の詩です』

『詩?』

『ざっと内容をお伝えすると、危機が迫っている、準備せよ、です』

『危機――』

『学園内では色んな者がいます。常に警戒心を持っていてください。そして何かあれば、必ず私のところへ』


教室には行かなかったが、sクラスには平民が4割、貴族が6割らしい。


「sクラス全員のこと、調べておくわ」

「ああ、頼む」


こういったことはノームの領域だ。

王家の影の次期頭領である彼に任せるのが1番良いだろう。


「一応、ざっと調べた感じは問題のある奴はいなかったけどな」

「そうか」

「でも見落としもあるかもしれないから、もう1度調べておくわ」

「頼む」


最悪、僕が襲われるのは良い。

だけどリズに危害が加わることは許せない。

その為にも再調査が必要だと思う。


そして万が一、僕に何かあれば――。


「なあ、2人とも」

「なんです?」

「なんだよ、改まって」

「僕に万が一のことがあって、判断が出来ない時は、お前達の主人はリズだ。いいな」


僕の言葉に2人は、驚きの表情を浮かべてる。

だけどすぐに姿勢を正し真顔になった。


「今更といえば今更だけどな」

「僕たちにとってリズリーン嬢は、僕たちを縁付かせてくれた恩人ですしね」

「元よりそのつもりだよ、殿下」


2人は交互に言い合い、頷く。


「ライルには――言わないでおこう。そもそも警戒心の強いアイツが、僕の周りに変な奴をいれるわけないのだしな」

頭の回転も早く、真面目な気質なライルは、僕が是といえば是と通すような奴だ。


「そう言われてみればそうだな」

キースは肩の力を抜いて、楽な姿勢に座り直すとキースに目を向ける。


「俺は学園内には立ち入れないから、お前頼むぞ」

「元よりそのつもりですよ――そう言えば、ライルは今日は?」


ライルが僕の側にいないことは珍しい。

勤務時間外でも、僕が良いと言うまで側を離れない。


「ああ、僕は良いと言ったのだ」

「なんか、sクラスに顔みしりがいたか何とかで、会いに行くって言ってたな」

「顔見知り――平民の方でしょうか」

「だろうな」


ライルの知り合いがクラスにいたとは。

僕たちに名前を言わないとなると、平民だという可能性が高い。


「万事、何事もなければ良いのだけどな……」


僕の呟きは夜の闇に消えていった――。

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仔犬王子とお守り役だと思っている私 桃元ナナ @motoriayu

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