第7話 夜の庭園
夕食を皆で食べた後、私はヴィルに誘われて、裏庭に出た。
「ちょっと肌寒いいくらいだね」
ヴィルはそう言うと、明かりの灯る東屋のソファに2人で腰かける。
我が家の裏庭は、庭師がとても花好きで、その季節にあった花を植え替えたりしている。
大部分が図書館の大きさに威圧されているけど、ぼんやり明かりの灯る石造の図書館に色を添えているようだ。
ヴィルは隣に座り、侍女たちが用意してくれた紅茶を美味しそうに口にする。
「お父様との話は良かったの?」
「うん、公爵は簡潔に話してくれるから助かるよ」
メモの話を一通りし、図書館を出ると、ヴィルはそのまま父上の執務室へ向かった。
私は制服姿のままだった為、一度部屋に戻り、簡素なワンピースに着替えて夕食の席に座った。
しばらくして父上とヴィルたち4人がやってきて、食事をスタートさせたのだけど。
「殿下!姉上と近いのでは!?」
終始、弟であるシルに注意されながらの食事となってしまった。
(なんだかシスコン気味なのよね……)
頻繁に王宮へ呼び出されたいた私は、弟よりもヴィルとの時間のほうが長く過ごしているという自覚はある。
あまり構ってあげれなかったからか、家にいる時は私にべったりだ。
それでも13歳になって、落ち着いてきたところだけど。
「リズは選択科目、何を取るつもりなの?」
来週には、学園で最終学年に何を選択するか、決めなければならない。
実際に学んでみて、最終学年までに変更をかけることは可能だけど、1年間は選択した科目を履修しなけれならない。
「魔法学にしようかと思っているの」
「そうか」
「私自身には魔力はないけど――この家の人達のように、皆が快適に過ごせるような、便利な魔道具を生み出せたらなって」
「うん、いいと思う」
ヴィルは私の言葉に蕩けるような眼差しと笑みを浮かべている。
(美形はそれだけで絵になるのよね)
暗がりだけど、薄っすらとしか見えない顔だけど、妙に私をどきどきさせる。
ここ1年くらいで背も伸びて、少年だった頃よりも男の人っていう感じがしてきてる。
(そしてこの距離感――幼馴染だとしても気休すぎると思うのよ……)
これまでのように、お互い幼かった時の距離感と、学園にも入学し同い年の人の中で、この距離感は近すぎる気がする。
(それに――ルイナ様だって、嫌がってるじゃないの)
ヴィルの婚約者候補として、常に名前の上がる筆頭公爵令嬢。
いくら私と幼馴染だとしても、今後お互いに婚約者が出来た時に誤解される距離感はやめた方が良い。
(私のことを邪魔者だと思ってるでしょうね……)
あの宰相殿の娘なら、婚約者の座にねじ込んでくることくらい難なくやってのけそうだ。
出来れば私は研究者として暮らしていきたい。
ヴィルと天秤にかけて、どっちが大事かと言われると――答えが出ないのだ。
だから――。
(何かをやり遂げれば、答えは見つかるのかもしれない)
ヴィルのことは大事だ。
だけどそれは、幼馴染として大事なのか、今の私では分からない。
「僕はリズの1番の理解者であり、1番頼って欲しい存在でありたいから――リズのこと応援してる」
ヴィルの言葉は、とても嬉しい。
そう言ってくれる人が側にいるって、ものすごく心強く思う。
「うん。ありがとう」
(私って恵まれてるよね)
よき理解者が側にいて。
私の好きなようにと、言ってくれる。
貴族の娘として、王子の幼馴染として。
例え生涯の伴侶として側にいれなくても。
(私の居場所はあるって、言ってくれてるみたい)
だから尚更、ヴィルはどうしていくのか気にかかった。
(私だって、彼の良き理解者になりたいわ)
「ヴィルは――どうするの?」
「んー、悩んでるところかな。リズと一緒に魔法学を選んでも良いのだけど、父上や母上は剣術を学んだほうが良いって言われていてね」
「そう……」
選択科目では一緒には――ならないのか。
王子という立ち位置で、騎士科に行かないという選択肢はないのかもしれない。
(なんだか少し、私落ち込んでる?!)
いつかは、離れ離れになるはずなのに。
(こんなことで落ち込んでどうするの!)
「有事のときは、僕は出兵する可能性あるからね」
「そう――よね」
(出兵――そんな可能性も考えなければいけないのね)
そう聞くと溜息をつく。
万が一彼がいなくなる世界なんて。
今の私には想像できない。
「ごめん、何だか暗い顔させて」
「ううん、大丈夫よ」
(だって彼は第一王子。いずれは王となる人だもの……)
ヴィルが戦場に出て――。
万が一、怪我なんてしたら――。
(私は心配で眠れなくなりそうだわ)
小さい頃から優しかった彼が、剣を持って戦うなんて。
(そんな時が来なければ良い――)
だけど――。
未来のことなんて分からない。
(私は私が出来ることをやっていくだけ)
人々の生活を豊かにしていく。
身分も性別も関係なく。
みんなが幸せに生活できるような、魔道具を作っていきたい。
「今のところ、そんな可能性ないだろうけどね。隣国たちとは仲が良いし」
「そうよね」
王妃様や母上が育った隣国であるシスリーン国とは懇意だし、強い味方がいる国に攻めてくる国はないだろう。
それに、シスリーン国の今の国王は賢王と呼ばれている。
シスリーン国が攻めてくることはないだろう。
(お会いしたことはないけど、あの王妃様の弟君らしいから――)
自身は妻を取らず王妃を持たずに、前王――自分の兄君の王妃をそのまま王太后に据え、たった1年足らずで国を立て直したらしい。
そして、兄の息子である現在の王太子が成人したら、譲位するつもりだと聞いている。
容姿も元剣士であったようで、屈強な体つきだけど、顔立ちはとても綺麗だと聞く。
(王妃様も美しい方だもの)
そんな血を継いでいるヴィルだって、とても綺麗な顔立ちをしているのだ。
そこまで考えて、ヴィルに見つめられていることに気づいた。
吸い込まれそうな、深い蒼い瞳は少し揺れている。
彼は私の手に、そっと自身のを乗せた。
男性らしい、大きな手。
昔は同じくらい、小さな手だったのに――。
「リズ、卒業したら――」
「私、シスリーンへ留学を考えているの」
「えっ、留学……?」
私の答えにヴィルは動揺しているのか、瞳が揺れている。
「うん、やっぱり彼方の国のほうが学問進んでるから」
これはずっと考えていたこと。
魔道具作りに置いて、あちらの国のほうが研究が進んでいる。
魔法に置いては、こちらのほうが発達しているように見えているが、その恩恵を受けるのは一部の人だけだ。
(私は皆に、幸せになって欲しいと思ってるのだもの)
一部の人だけではなく、全ての人が快適に過ごせるような魔道具を作る。
それにはこの国の知識だけではなく、新しい知識を得ることがマストだ。
「そう、なんだ……」
「ヴィル?」
どんどん顔色が悪くなっていくヴィルは、ぶつぶつ何か呟いているようだけど、私には聞き取れない。
「どうしたの?寒い?」
私は自身がかけていたストールをヴィルの肩にかけた。
ふわりと彼の肩から背中にストールがのると、目を見開いて驚愕している。
「ちょっ、リズが寒くなっちゃうでしょ!」
ヴィルは怒鳴るように言うと、立ち上がった。
そのまま私にストールをかけ直す。
そして、ストールの端を私に手渡した。
「僕は男だから――少しくらい寒くても平気だけど。リズは女性なんだから」
「ごめん……」
つい小さい頃の癖で、世話を焼きそうになってしまった。
もう2人とも15歳なのだから、そんなことはしなくても良いのかもしれない。
(子守役もそろそろ卒業かしら)
「帰るぞ」
ヴィルの言葉に茂みからノーム様とキース様が出てくると、2人は私に手を振り、ヴィルの後ろを追いかけるようについていった。
その背中を私はじっと見つめている。
(子守役から脱却したいって思ってたけど……)
少し大人になった彼の背中を見た時、寂しくなってしまった。
「お嬢様、冷えてきました。中に入りましょう」
ハンナの呼びかけに、私はストールを巻き直す。
ふわっと、ヴィルの香水の匂いがした。
(この匂い、落ち着く……)
今抱いているこの気持ちが何なのか、私にはまだ分からなかったのだ――。
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