第6話 ソラティス公爵家

時は少し遡る――。


「そんな不機嫌全開の顔しないでよ、ヴィル様」

王宮の廊下を、横に並び歩くのはノームだ。


入学式が終わって教室に向かおうとした時、ノームが学園へ呼びにきた。

『ちょっと文官に不手際があったみたいで――悪いけど1度王宮へ帰ってきてもらえる?』


僕から学園に通うことを失念していた文官のせいで、リズと少ししかいられなかった。


(僕から貴重なリズとの時間を奪うなんて!)


怒り心頭のまま、仕事をやり終えた頃には夕方になっていた。


(学園に戻ることすら、できなかったか……)


明日行けば会えるのだけど――リズが足りない。

今まで、何かにつけて王宮にきてもらっていただけだけど、そう毎日は呼び出せない。

だから学園で毎日会えるのを楽しみにしていたのに!


(手紙を――明日会えるのに、おかしな話だな)


だけど、別れ際のリズの何か言いたそうな表情も気にかかる。


(公爵家まで行けば、良い話だろうが……)

果たして、公爵家やこの側近達が許すかだ。


「宰相の嫌がせだと思うけど、被害に合う僕達に手当が欲しいよ……」

がっくり肩を落として歩くノームの小声の呟きが、僕の耳に入った。


「やはり、そうか」

「だろうね――あの文官、優秀だから目にかけてたけど、宰相側についたなら……」

ノームはそう言うと、薄暗い笑みを浮かべている。


「あまり目立つことはするな」

「分かってるよ、ご主人様」


ノームは僕たちより5つ程年上で、ライルに頼めないような危険な仕事や影の仕事を頼んでいる。


(この王宮では、真っ当なだけでは生きていけない)


幼い頃から思い知らされたことだ。

こんな僕をリズが知ったら、軽蔑されるだろうか。


「それで――行くの?ソラティス公爵家」

「行く」

僕は即答する。


「ちょっと公爵様へ尋ねたいことがあるから、行くつもりだったんだよね。でもこの時間だともう屋敷に帰ってるだろうから……」

「さすがノームだ」

「あからさまにお世辞言うのやめて」

「なんだ、こんな時くらい――」

「あー、先触れ出すように影に指示出しとくから、早く着替えてきて」


ノームは言いながら、僕を追い越すように早足で歩き出した。


(素直じゃない奴だな)





王宮と公爵家は近い。

「この結界、王宮のより凄い出来ですね」

侍者席に座り、キースが感嘆の声が聞こえてくる。


短い距離なので、数人の騎士のみで馬車に揺られている。

しかも公爵家に中に入れる者は限られている。

大人数で行ったところで、門の前で待ってもらうのは忍びない。


「そりゃ、あのソラティス公爵家だからねぇ」

隣に座るノームは、きめ細やかな結界を見て、溜息をついてる。


ソラティス公爵家の結界は、代々当主のみが張り、今代最強の魔術師と呼ばれてるリズの父は、特にきめ細やかに結界を張っている。

公爵家に認められている者ではないと、敷地内には入れないようになっている。


「まるで要塞に来てる気分だよ……」

ノームは呟くように言うと、外を見渡した。


外から見えるのは屋敷を構えている貴族の家で間違いなのだが、結界が頑丈すぎて戦時中の中にでもいるような気分らしい。


(これも蔵書を守る為なんだよな)


ソラティス公爵家の蔵書。

王宮よりも多数の蔵書を抱え、この世に1冊しかないような貴重な本も多い。

代々、本好きという血筋が彼らの中にあるからか、それともそういう環境で育つからか――。


護衛騎士たち数人は門の前で待機してもらい、キースの操る馬車で、ノームと3人玄関先までやってきた。


馬車から降りると、公爵家の執事である初老の男性が出迎えてくれた。


「旦那様とお嬢様は、図書館におります。奥様も申し訳ございませんが厨房におりまして……」

「いや、先触れを出したとはいえ、急に来たのはこちらだから」


丁寧に腰をおる執事を僕は手で制すると、そのまま本邸の中へ入っていく。

何度も訪れている屋敷であるし、案内なしでも迷うことはない。


「奥様より、夕食を共にと仰せつかっております」

「おっ!やった!」

ノームが感嘆の声を上げる。


「あとで王妃様に怒られるからな……」

キースは溜息をつき、ノームの肩に手をかける。


ソラティス公爵家奥様のメリア様のご飯が好物だと公言している母上には、後で嫌味の1つでも言われるだろう。 


「王子殿下、何しに来たのですか?」

僕を睨みつけている少年――リズの弟シルフィスは嫌そうな表情で、階段上から僕を見下ろしている。


「おー、シル。久しぶりだなー」

そう言いながらノームは階段を上がると、シルフィスの頭1つ小さい頭を撫で回す。


「ちょっ、貴方という人は相変わらず――」

「おお、俺に会えて嬉しいか、そうか、そうか」


ノームはにこにこ笑いながら、シルのことを構い倒す。

シルは少し赤い顔をしながら、ノームを睨みつけている。


昔から姉であるリズを独占してきた僕に、シルは敵対心を燃やしてる。

シスコン気味な彼は、あからさまに僕をいやがっている。


公爵とさすが親子と言われていて、その美貌も、魔法の才も飛び抜けている。


(父にはない腹黒さも、僕は気に入ってるのだけどな)


「じゃあ俺たちは、待機してるから」

シルに構わず行けという、キースの言葉に僕は頷くと、本邸を通り抜ける。


図書館には僕以外は入れない。


歴代の当主たちがかけた魔法により、図書館に入れる人物はさらに限られている。

現当主から許可がないと入れない仕組みになっており、僕は幼い頃から出入りしている。


(無理やりもぎ取ったとも言えなくもないが……)


リズは一度図書館へ入ると中々出てこない。

僕と約束していても、夢中で忘れてしまうことがあるからだ。


そこで公爵にかけ合い、出入り出来るようにしてもらったわけだが。


(相変わらず、大きいな)


本邸を抜け、裏庭があるあたりに建っている。


増築を繰り返し、本邸よりも大きいのではないかと思うほどの大きさになっている。

夕暮れ時に、ぼんやりと明かりの灯る図書館は、僕は綺麗だと思っている。



重厚な扉を押し開けると、リズと公爵の話し声が聞こえてきた。


(僕が来ること知らされてないのだな)


きっと中に入ってから、先触れの使者がやってきたのだろう。

そうなると、公爵家の使用人でも、執事を含む使用人数人しか出入りが許されてないため、彼らは僕の来訪を知らない可能性が高い。


2人に近づいていくと、公爵が先に僕の存在に気づいたみたいだ。


リズに声をかけると、驚いた表情を浮かべたあと、微笑んだ。


(うっ、その顔は卑怯だな)


知らずと僕も口角が上がっていく。


「ヴィル、どうして?」


(ああ、名前呼び、最高だ)


学園を離れても、名前呼びしてもらえるなんて!


「帰り際に、何か伝えたそうな顔をしてるなって思ったから――なんて言い訳だな」


顔が見たかった――なんて、僕の自己満足だ。


「リズよ、いつの間に王子を愛称呼びに――」

「が、学園で、敬称はだめだって聞かされてたから!」


顔を真っ赤に染め、慌てた様子で言い訳を始める。


(か、かわいい……)


ずっとこのまま見ていたい――照れてるリズも、最高に可愛かった。


「学園で――そういえばそうだったな」

公爵は僕をひと睨みしてから、小さく溜息をつく。

その表情は、とても複雑そうだ。

ぶつぶつ何か呟いていたようだけど、次に顔を上げた時は仕事の時のようなきりっとした表情だった。


「リズ、ヴィルアント様にも相談した方が良い。話が終わったら夕食へ一緒に来なさい」

リズに慈愛の笑みを浮かべて、そう言うと立ち上がった。


「王子、あとで話があります」

すれ違いざまに、僕にだけ聞こえる声で呟くと、公爵は図書館を出て行った。

声が非常に硬い。


(何か、嫌な予感がするな)

あまり良い話ではないと直感する。


(リズの耳には入れたくない話ってところかな)

ここでは言えないとなると、そういうことだろう。


「それでリズ――僕の勘は当たっていたってことかな?」


リズはこくりと頷くと、机の上にあるメモを指差した。


「これなんだけど……」

「古語かな……?」


僕はリズの隣に座ると、メモを見る。


(叔父上の字だな……)


公爵の言葉、このメモ。

物事が動き始める予感が、僕にはしたんだ。

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