第5話 太公様からのメッセージ
(これは……古語?なのかしら)
学園からの帰り道、ポケットからメモを取り出し眺める。
ヴィル達は、式が終わると教室に入ることなく王宮へ戻っていた。
この件や式の後の強い視線を感じたなど、相談したい気もしたが、忙しくしている相手に頼るのも憚れて、どうしたものかと考えあぐねていた。
1人乗る公爵家の馬車は、ゆっくり考え事が出来てとても心地良い。
王宮学園は王宮の敷地内に建っており、公爵家であるうちの屋敷とさほどの距離はない。
数分ではあるが、その間1人考え事に没頭できた。
(慌てて書かれたのかしら)
ペーパーナプキンのきれはじに書かれた文字は、魔法などで使う古語であり、普段の生活に使われることはない。
とはいえ、私自身に魔力は少ないとはいえ、うちの家は代々優秀な学者が魔術師になっているものも多く、小さい頃から慣れ親しんだ言語だ。
前半は3つほど何かの箇条書きで、後半は文章にように見える。
(とはいえ、これだけ描き崩されると、判別が難しいわ)
太公様は、普段使う文字も大層乱れているようで、識別できる文官も少ないと噂に聞く。
(今は辺境の地にいらっしゃるから、王宮の文官でも読める人は少なそうね……)
わざわざ私がソラティス公爵家の者と確かめてから、ポケットに忍ばせた気がする。
誰かれ見せるのは憚られる。
(うちの図書館で調べるしかないわね……)
数代前の王女様が降嫁された時、大層な本の虫だったらしく、本邸の隣にかなり大きな図書館がある。
歴史ある家なので、王宮の図書館よりも蔵書が多い。
特に魔術に関することは、王都1らしい。
(――お父様にも相談したいわ)
お父様は今では研究家として有名だが、若い頃は凄腕魔術師だったらしい。
腕が衰えたとか言って、今は魔道具の開発に携わっている。
(けど本当は、魔力がない人でも扱えるような魔道具を作る為だと思うわ)
私も貴族の中では魔力が少ないほうだが、領民や市居で暮らす人達はもっと魔力が少ない人が多い。
そういった人の生活を少しでも快適にする為、父はその道を選んだと思う。
(きっかけは私が産まれたことのようだけど)
それでも父は、己が魔術を極めることよりも、人々の暮らしを快適にするほうを選んだのだ。
(お父様には一生敵わない……)
領主として、1人の人間として、お父様は立派で。
そんな人も娘で誇らしいと思っている。
(何を考えているかわからない人とは言われてるけどね)
飄々としているが色んな人に分け隔てなく接する為、市民にも領地の人にも人気がある。
容姿も整っているから、かなりもてるみたいだけど、お父様はお母様一筋だ。
政略結婚とは思えないほど、2人は仲睦まじい。
(ああいった結婚に憧れるわよね)
2人の仲睦まじさも、人気の1つだ。
「お嬢様、屋敷に着きました」
「もう着いたのね、ありがとう」
考え事をしていたせいで、もう公爵家の屋敷に着いたようだ。
馬車の扉が開くと、本邸に足を向ける。
出迎えた侍女に、カバンを預ける。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「ただいま、アンナ――少し調べたいことがあるから、図書館へ行くわ。お母様への挨拶は夕食の時に」
「畏まりました。奥様は、厨房に立たれているので、その方が良いと思います」
「まあ、今日はお母様の料理なのね」
お母様は趣味が料理と言うほど、料理好きである。
王妃様がまだ将軍だった頃、遠征の度に作っていたらしく、王妃様の好物もお母様の手作りお菓子だ。
勿論、公爵家にはれっきとしたコックもいるので、時間があいたときや気がむいた時にしか作らないが。
「あと、お父様が帰ってこられたら、相談したいことがあるから図書館に来て欲しいと伝えてもらえるかしら」
「畏まりました」
私付きの侍女であるアンナは、産まれた時から私の側にいる侍女で気心が知れている。
5歳上のお姉さん的存在で、侍女としてもとても優秀だ。
「お嬢様、今日は初めての登校で疲れていらっしゃると思いますので、あまり根を詰めてはだめですよ」
「わかってるわ、アンナ。いつもありがとう」
いつも私を気遣ってくれるアンナにお礼を言うと、図書館に足を向ける。
本邸を通り抜けると、敷地内で一際大きな建物の前にきた。
増築を繰り返してきてるので、とても複雑な形に建物になっている。
重厚な扉を開け中に入ると、紙とインクの独特な匂いが漂っている。
外が薄暗くなってきているので、光と灯す魔道具で中は照らされていた。
(これもご先祖様の発明なのよね)
昔は蝋燭で照らしていたらしいが、ボヤ騒ぎがあったのも1度や2度ではないらしく、この照明の魔道具を発明したらしい。
ご先祖様も本が大好きで、よくここに篭っていたのだと思う。
今や皆の生活に欠かせない一品だ。
中に進み、古語の蔵書がある本棚の前にくると、何冊かの本を抜き取る。
近くにある椅子に腰掛けると、メモを広げた。
(恐らく、最初に箇条書きされている3つは薬草の類いね)
ひとまずこれから調べることにした。
「あった――1つ目はこれね」
ルビク草。
そんなに珍しいものではないけど、我が家にはない。
王宮なら温室で栽培されていそうだ。
「効能は確か――強化剤だったかしら」
薬学は学びだしたところで、私自身の知識では心もとない。
お父様が来たら、改めて聞いてみようと思う。
2つ目の薬草の名を確認しようとした時、扉が開きお父様がいらっしゃった。
私とよく似た顔だちのお父様。
帰宅し、すぐこちらに来てくれたのだろう。
ネクタイを緩めると、私の側に来た。
「リズ、どうしたんだい?」
「お父様」
私は立ち上がり挨拶をすると、お父様を椅子に促し、メモを見せた。
「これを太公様が?」
「ええ。ポケットに忍ばされたの」
「――なるほど」
眉間に皺を寄せ、何か考えているようだ。
「お父様?」
「いや、相変わらず字が下手くそだなと思ってね」
「こちらが読めるのですか?」
「ああ――太公様がまだ王宮で執務されていた時は、よく解読役に文官に連れ回されたよ」
「解読役……」
「私がまだ、王宮に出仕仕立てでね。魔術師団に配属されたのに、何故か第二王子の執務を手伝ってたんだよ」
「そうだったのですね……」
解読役がいるほど、太公様の字は凄まじかったのだろう。
「しかも古語か……しばらく預かってもいいか?薬草のほうがリズが1つ解読したようだし、すぐに在庫も確認するけど。文章になっているのは少し時間がかかりそうだ」
「わかりましたわ」
「王子には知らせたの?」
「それが、話す機会がなくて――」
「そう。それなら国王様と王妃様には、私から説明しよう」
「国王様へ?」
「ああ――だけど、そんな手間省けたみたいだ」
「えっ?」
「リズ」
聞こえるはずのない、ヴィルの声が聞こえる。
「えっ?」
「本邸に行ったら、ここにいるって聞いてね――公爵、お邪魔しています」
ヴィルはお父様に頭を下げると、私の隣に座った。
「ヴィル、どうして?」
「帰り際に、何か伝えたそうな顔してるなって思ったから――なんて言い訳だな」
ヴィルはそう言いながら、髪をくしゃとする。
よく見ると、耳が赤く染まっている。
(私のこと、よく分かってくれていて嬉しいけど、なんだか恥ずかしいわ)
「リズよ、いつの間に王子を愛称呼びに――」
「が、学園で、敬称はだめだって聞かされたから!」
お父様の質問に被せるように、返事をする。
「学園で――そう言えばそうだったな」
少し寂しそうな顔をして、お父様は椅子から立ち上がった。
「リズ、ヴィルアント様にも相談したほうが良い。話が終わったら夕食へ一緒に来なさい」
「はい、お父様」
そう言うと、お父様は図書館から出て行った。
「それでリズ――僕の勘は当たってたってことかな?」
ヴィルの問いにこくりと頷くと、机に広がるメモを指差した。
「これなんだけど……」
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