第4話 私達の入学式

あれよあれよと、王立学園への入学式となった。


真新しい制服に身を包み、式典のある学園のホールへ集まっていた。


式典後はレセプションがあり、簡単な軽食が立食形式で振舞われている。

保護者や関係者も出席していて、ちょっとしたお茶会形式だ。


「皆、無事にSクラスだな」

ヴィル様は式典後、ライル様を伴い私の元へやってきた。


「皆優秀だから、私焦りましたよ」

私の隣に立つ、セレナ様はほっと溜息をついている。


ヴィル様、カイル様、セレナ様と共に、私もSクラスだった。

謙遜しているが、セレナ様は白魔術師として有名で、すでに何度も成果を上げている。

その分、少し勉強面では不安があるらしい。


「セレナは飲み込みが早いから大丈夫よ」

「それはリズの教え方も上手いからでしょ」


学園に入ると『様』付は基本禁止されている。

平等を謳う学園内では、平民も4割近くいるのでそういった配慮がされていた。

学園を1歩出れば、身分制度は有効なのだが、学びの場には身分がないというのが本質だ。

隣国シスリーン国に習い『さん』付で話すことが推奨されている。

勿論、仲良くなればそれも取り除くことは可能だ。


セレナ様と呼ぶことができないので、2人で考えた案は名前呼び一択だった。


「おお、名前呼びですか、いいですね」

ライル様は2人の仲良さに、嬉しそうな表情をする。


「じゃあ、僕も『ヴィル』ね」

「それはちょっと……」


王族に対して、なんとも言い難い。


「セレナ嬢は呼び捨てで、僕のほうが付き合い長いでしょ」

「そうですけど……」

「敬語もなし」

「ええっ!?」


いきなりの敬語なし発言に、私は狼狽える。


「何でよ、昔は呼び捨てだったでしょ」

「ですけど……」

「敬語」

「――わかったわよ、ヴィル」


私は根負けしたように呟く。

こういった時に、ヴィルに歯向かうと長くなるし、結局いつも私が根負けするのだ。


「セレナも敬語無しでいいよ」

「良かった――私、少し苦手なので」

「僕も呼び捨てで構いませんからね、お2人とも。敬語もいりません」

ライル様も爽やかな笑顔で、そう言うとセレナの頬が一気く赤く染まった。


「今後もよろしくね、ライル」

「よ、よろしくライル」

「はい、リズ、セレナ」


(ああ、これはヤバい。人たらしだわ)


破壊力抜群のライルの笑顔を見ると、私も恥ずかしくなってきた。


「リズ――」

ぐっと腕を引かれて、ヴィルの胸元に飛び込むような形になってしまった。


周りから「きゃっ」という女性達の声が耳に入る。


「ちょっと、ヴィル」

「そんな表情、妬けるな」


蕩けるような笑顔を私に向け、ヴィルは私を見つめる。


(うう、恥ずかしい――)


耳まで赤くなっていくのがわかると、抜け出そうとするけど余計に力強く抱き止められた。


(いつの間にか、背が高くなってる)


去年くらいまでは私とそんなに背が変わらなかったはずなのに、今や頭1つ分くらい高くなっている。

見上げるようになっていたことに、驚きだ。


「あ――コホン。諸君達、ようこそ王立学園へ」

声がした途端ヴィルの力が緩んだので、抜け出すとそこには王妃様がいた。


「王妃様――」

咄嗟にカーテシーをしようとするも、王妃様に手で止められた。


「いや、そんなに畏まらなくて良いよ、リズ」

「母上、何の用ですか」

あからさまに不機嫌な顔をして、ヴィルは言う。


(私は助かったのだけどね……)


「我が子の晴れの日に出席するのは、当たり前だろう?」


王妃様は、普段は騎士のような格好をされているけど、こういった場ではドレスをお召しになる。

体に沿うようなドレスは、深くスリットが入っており足捌きがしやすしそうだ。

2人の子持ちとは思えないほど、体型はスレンダーだ。


「というのが半分と,一応学園長だからな」


先程祝辞を述べていたことを思い出す。


(そういえば、学園長に就任してすぐにシスリーン国に習った制度を用いたのは王妃様だわ)


2年間は、皆同じような教育を受けるが、3年生になるとそれぞれ専門の分野のみ習得できるようになる。

剣術、魔術、文官、商人、など、多岐に渡り、望めばそれぞれの機関への就職もできる。


シスリーン国の国王――王妃様の実の弟が即位して直後、教育制度を見直し、1年後こちらの国でも実戦されるようになった。


学力が上がれば、その分国民全体の国力も上がる。

シスリーン国の今の国王は賢王として、他国でも有名だ。


「リズよ。我が愚息が色々迷惑をかけだろうが、よろしく頼む」

「畏まりました、王妃様」

私の答えに、王妃様は嬉しそうに笑みで答える。

だがすぐその表情を消して、真剣な眼差しを向けられる。


「それと――なにかあれば、すぐに私に相談なさい」

「はい、王妃様」

私の答えに王妃様は頷くと副学長に呼ばれ、この場を去った。


昔から私の実の娘のように可愛がってくれている王妃様は、女性だが『格好いい』と形容されることが多い。

物腰はとても柔らかだが、芯の通った凛とした方だ。

それ故女性ファンも多くいる。


「王妃様、素敵ね……」

うっとりした表情を浮かべて、セレナは呟く。


「ええ、本当に」

私にとっても、憧れの女性である。


武術を極め、シスリーン国では将軍まで任された人だ。

剣術の腕も、魔術の腕も一級品だと聞き及んでいる。


「あ、そうだ。リズ、昼からはオリエンテーションでしょ。腹ごしらえしましょうよ」

そう声をかけられると、セレナに手を引かれ、軽食が並ぶコーナーへ進んだ。


ふいにその時、視線を感じた。


敵意――強い、強い視線。

私は反射的に身体がびくっとなる。


(誰が一体この場で?)


そちらに思考を取られ、それゆえ前を向くのが遅れた。


「きゃっ」

身体が後ろにのけぞりそうになる。

身体の大きい、誰かにぶつかってしまったようだ。


「失礼」

「こ、こちらこそ――た、太公、殿下」


どうして太公殿下がこの場にと思ったけど、婚外子であるライルの親族だ。


(ここにいてもおかしくない――)


「リズ、強く引っ張りすぎたかしら。ごめんね。大丈夫?――はっ、太公様!?」

セレナの慌てた声を出すと、掴んでいた私の手を離した。


「――リズリーン=ソラティス公爵令嬢か」

「はい……」


竦めるような目で見つめられ、私はたじろぐ。

値踏みするような視線。

表情は読み取れない。


太公様は、大きな体格は騎士のようであり、眼力も鋭い。

顔の彫りが深く王と同じような色彩なのに、威圧するような気配に身体が動かない。

国王様は穏やかな性格が表にも出ているようで、とても親しみやすい雰囲気を醸し出している。


(国王様とは大違いだわ)


動けないけど、視線から逃れたくてその場から早く辞したい衝動にかられる。


「――入学おめでとう」

無表情のままそれだけ言うと、太公様は私の横を通り過ぎていく。


「えっ」

ざっとした音がすると、一瞬で制服のポケットに何か入れたれたようだ。


(おめでとうなんて――言われると思っていなかったわ)


面識があるわけではない。

(幼い頃はあったかもしれないけど、覚えていないもの)


普段、太公様は北の王家の直轄地で、領地運営を行っており、王都や王宮で会うことは滅多にない。


(公式の場でもほとんど欠席されるもの)


それなのに入学式に来られていたなんて――。


制服ポケットに手を入れると、ガサっとした音がする。

(今見るのは得策じゃないわね)


明らかに密かに、ポケットに入れていた。

誰にも気づかれないように。


何にせよ、あまり良いことではない気がする。

(ヴィルやライルに関わることなら、学園終わりに王宮へ行くしかないわね)


「リズ?行こう」

「ええ、行きましょう」


私は曖昧に答えると、軽食コーナーへ足を向けた。


そんな私の行動を見ている人がいるなんて、思ってもみなかった――。

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