第3話 筆頭公爵家、令嬢ルイナ=ヴァラント

(あの女、イライラするわ)


王宮でのお茶会帰り。

我が家の馬車に揺られながら、真っ赤なドレスに目をやる。


(わたくしが1年早く生まれていれば!)


あんな女が殿下の横になんていなかったのに。

当たり前のような顔をして、殿下の寵愛を一身に受けている、リズリーン=ソラティス公爵令嬢。

本人が、そのことにまったくというほど無頓着なところも許せなかった。


序列5位の公爵家が、あそこまで王家と仲が良いのは母親同士の繋がりが強いから。

隣国であるシスリーン国の女傑と評されていたマチルダ様と共に、隣国からきたメリア様との繋がりは深く強い。


(だけど筆頭公爵家であるわたくしが、あと1年早く生まれていたらこんな状況にはなっていなかった)


筆頭公爵家であり、宰相である父が食い込めないわけはない。


(あと1年私が早く生まれていれば、ヴィル様の隣には私がいたはずよ)


ソラティス家は公爵家の中では序列5位だ。

代々研究者や学者を多く輩出している家系で、現当主も魔法学者だったはずだ。

だからかもしれないが権力からは程遠いところにいる。


リズリーン嬢も、頭は良いらしい。

ヴィル様達と共に勉学していたのだから当然だ。

だけど、それだけだ。


(美しさも容姿もわたくしの方が上だわ)


ヴィルアント王子――幼い頃は幻の王子と呼ばれるほど、表舞台には立ってこられなかった。

5歳頃から、あのリズリーン嬢に誘われるようにお茶会に出席するようになり、皆があの美貌に釘つけにされた。


金糸のような艶やかな髪、アメジスト色の瞳、顔立ちは両陛下の良いところをもらったような美しさ。

近年、背も伸びてきており、細身ではあるが、すらっとされている。


わたくし自身も、彼のその美しさに囚われた1人だ。


(美しいヴィル様の隣にみすぼらしいリズリーン嬢は相応しくないわ)


容姿が整っていないわけではない。

女性に中では背が高く、スレンダーといえば聞こえはいいが、王妃様のような華やかさはない。

彼女はむしろ貴族の女性の中いえば、どちらかといえば平凡だ。


それにも関わらず異性を受け付けつないヴィル様は、リズリーン嬢を伴った時のみ、女性達と一緒に席につかれる。


(それが分かっていたから。だからわたくしが、あの女に近づいたのに)


リズリーン嬢は気を使ったつもりだろうが、あの場で離れようとするのは逆効果だ。


(分かっていて――やっているわけではないわよね)


恐らく彼女は、そんなヴィル様の意図に気づいていない。

気づいていたら、席に呼ぶなんてこと了承しなかっただろう。


いつも彼たちを眺めているからわかるのだが、彼はリズリーン嬢を前にすると表情を緩められる。

無意識だろうけど、その度に心が悲鳴をあげている。

そんな甘い顔をされているのに、リズリーン嬢は無頓着だ。


(そこがまた腹が立つのよ!)


あからさまに好意を向けられているにも関わらず、彼女はその気がなさそうなのだ。


だけどそれなら――。


(わたくしだって食い込めるはずよ)


リズリーン嬢しか、ヴィル様は関わりを持っていない。


(わたくしと接点が出来れば、状況は変わるはずよ)


王家から見れば、うちとの婚姻は国政だけではなく体外的にも有利に進むはず。


(あんな魔力を大して持っていない女に執着するなんて)


今は距離は埋まらなくても、学園に入って、生徒会で顔を合わせれば変わってくるはずだ。

私自身を殿下は知らないから――だからあの女だけに執着している。


それに父は諦めていない。

殿下の側近の座を得られなかった兄。

あの王弟の血を引く平民――ライルにその座を奪われた。

なんとしてでも、次期王として才能も才気もあるヴィル様の近くに我が家の血を入れたいはずだ。


ヴィル様の婚約者の座は、いまだに決まっていない。

まだチャンスはある。

あと1年、わたくしが入学する時まで。


「せいぜい、ヴィル様の隣にいるといいわ」


ヴィル様の隣に立つのはわたくしよ――。



◇◇◇



「帰ったか、ルイナよ」


珍しく父が玄関先にいた。

いつも夜中にしか帰ってこない父が、ここにいるなんて珍しい。


大方、お茶会の様子を聞きたいのだろう。


「お父様、お仕事は良いのですか?」

「ああ、少し話そう」


そう言うと父と共にサロンへ行く。


そこには母や兄もいた。


(気が重いわ――)


お茶会の成果を聞きたいのだろうけど、ヴィル様とリズリーン嬢の仲の良さに腹を立てて帰ってきただけだ。


「ただいま戻りましたわ」

「おかえりなさい、ルイナ」


母は微笑むと隣に座るように促された。


「お茶会はどうだったの?」

「それが――」


リズリーン嬢に負けたとか言いたくない。

だけど正直に話すことにした。


「――やはりそうか」

父は考えこむように、顎に手を当てている。


「こんな可愛いルイナに目を向けないなんて、ヴィルアント殿下は駄目ね」

そう言うと、私の頭を撫でてくれる母。


「そうだよ、あの王子、ぼんくらだよ」

兄は側近に選ばれなかったことを恨んでいるのか、吐き捨てるように言う。


「お前達そう焦らずとも良い――手は打ってある」


父の見たことのないような冷徹な笑みに、私は背筋がぞっとした。


不穏な雰囲気に私は声が震えた。

「お、お父様……?」


(父が何を考えているか読めないけど、わたくしにとっては悪い話ではないはずよ)


「ルイナは来年までしっかり勉強をし、Sクラスに入れるようになりなさい。いいね」


先程までとは打って変わった表情を見せると、父は私の手を握る。


「――わかりましたわ、父上」

はなからそのつもりだ。

生徒会で2年生と一緒になれるのは、1年でもSクラスの者のみだ。

なおかつ、クラスで2人だけなれるクラス長にならねばらない。


ヴィル様は優秀だし、学園で学ぶような項目はすでに学習済みだろう。

学園でも好成績であるに違いない。

間違いなく、今年もクラス長になり生徒会入りするだろう。


来年、生徒会で交友を深めれば良い。

その為の努力は惜しまないつもりだ。


己が初恋を成就させる為に、ルイナはやる気に満ちていた――。

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