第2話 子守役と僕

僕、ヴィルアント=ファーニーズは、生まれた時から側に同い年の女の子がいた。


王妃である母は、隣国シスリーン国の将軍であり王女だったが、彼女の母親もまたシスリーン国の伯爵家の娘だった。

2人とも歳が近く母がこの国に嫁ぐことが決まった時、仲良かった彼女の母もこの国の貴族に嫁ぐことを決めた。

そうやって、僕と彼女は生まれる前より縁があったということだ。


僕の私室で、こくりこくりとお菓子を手に持ちながら目は半開きで、今にも眠ってしまいそうだ。

あれだけ、王宮の庭を走り回ったのだ。

5歳の無尽蔵な体力でも、限界が近かったようだ。


「あぶないよ、リズ」

「――ん」


僕は立ち上がり彼女のお菓子を取り上げると、ソファに横にさせた。

半開きになっていた目は閉じ、静かに寝息をたてている。

まったく起きる気配もない。


(かわいいな――)


同い年の彼女。

僕はどうも他人が苦手だった。

僕に向ける視線がとても、嫌な感じに思えた。


だけど、リズはそんな僕にとって清らかな人だった。

お転婆な彼女はじっとしていないし、どんどん行動していく。


1人でいるときは、読書を好み部屋に閉じこもり気味になるところだけど。

彼女の背中に連れられて、王宮の色んなところを巡った。


いつしか、外が、他人が怖いという臆病な気持ちが薄らいでいった。


(そのことを彼女に告げる気はないけど)


そうすれば、また会いに来てくれる。

幼いながらそれが最善の策だと思えた。


彼女が寝入ったのを確認すると、侍女にお願いし、僕のベットに寝かせた。


(ソファで寝て風邪でも引いたら、僕に会いに来れないじゃないか)


彼女に布団をかければ、ふにゃとした表情で笑う。


「どんな夢を見てるの?リズ」

知らぬ間に、僕は笑顔で彼女の寝顔を見つめていた。


このままずっと見ていたいけど、彼女が寝てる間に両親達に話したいことがあった。


「彼女が自分で起きるまで寝かせておいて」

そう侍女に告げると、僕は両親とリズの両親がいる部屋に向かった。


扉の前に立つと、母の笑う声やリズの母の声が聞こえてくる。

息をすっと吸うと、扉をノックした。


「おや、ヴィル。リズ嬢は?」


1人で入ってきた僕に、母は目を向けた。


「寝ています。ベットに運びましたので、しばらくは起きないかと」

「そう、それで1人でどうしたの?」


母の腕の中には、弟であるファイタントが眠っていた。

2歳差、3歳になった弟はまだ母親に甘えたい時だ。


目線をリズの両親に向けると、温かい目にほっとする。


(この人達は、叔父上達とは違う――)


父の弟である太公は、僕に対しての当たりがきつい。

大人が苦手になった原因でもある。


僕は、自らを奮い立たせるとずっと考えていたことを口にした。


「僕、リズと結婚したいです」

「へっ」(リズ父)

「まあ」(リズ母)

「ふふ」(母)

「……」(父)


4人とも短い言葉を発すると、お互いの顔を見合わせて破顔した。


「ヴィルよ、本気か?」

父は僕に確かめるように問う。


「本気です」

迷うことなく言葉にする。


一生リズと一緒にいれる。

これは僕のマストなことだ。


「――5歳にしてこの執着心よ、血は争えぬな」

母は優しく微笑みながら、僕の頭を撫でる。


「ソラティス公爵よ、息子はこう言っているが――承知してくれるか?」

父は探るように、リズの両親に問う。


2人は顔を見合わせてから、僕の目を真剣に見つめた。


「ヴィル様の本気、受け取りました。しかしながら、貴方はまだリズ以外の同年代の女の子たちと過ごしたことないでしょう?」

「……」

僕はリズ以外はいらなかったから、同年代の公爵家のお茶会の誘いなど全て断ってきた。

ゆえに交友関係は、皆無だ。


「そうだな――それならこうしましょう。王宮学園を卒業するまで同じ気持ちなら、婚約を許しましょう。勿論リズの意思を尊重して、ですが」

「――わかった」


僕の気持ちが変わることなんてありえない。

だけど、リズもその気にさせないといけない。


当たり前だ。

政略結婚するつもりはない。


それに娘の意思を尊重したいと言った。


(リズの父や母は出世欲とか、皆無なのだな――)


王家と繋がりを持てれば、5大公爵家でも序列1位にもなれるかもしれないのに。

5大公爵家の序列5位のリズの家は、貴族社会で安定したところにいるわけではない。

他の公爵家から侮られてみられてるところも多い。


学者肌のリズの父は、魔力が豊富で自らも魔法学者になっている。

それ故、政治的な繋がりに疎かった。


だから5大公爵家で序列5位なのだろうが――。


「メリヤ!其方と親戚になれるのだな!」

「マチルダ様、気が早いですわ。でも嬉しいですわ」


母親同士、とても嬉しそうに手を握り合っている。


「――ヴィル様、男親から言えば、あの子はちょっと疎いかもしれませんが、それでも良いのですか?」

「当たり前だ。リズ以外に興味を持てるとは思えない」


僕の返答にソラティス公爵は満足そうに微笑む。

こうやって、僕は交渉権を手に入れたのだった。



◇◇◇



(しかし、10年経っても一向に伝わってないな)

王立学園入学の前、リズ主催の王宮でのお茶会はとても盛況だ。


皆、クラスで誰と一緒になっても良いように交友を広げている。


人見知りだった僕は、リズ主催のお茶会で将来共に支えられるような友たちと巡り会えたと思う。


「浮かない顔ですね、ヴィル様」

横に座るキース=ブリリアントは僕より3歳上だが、専属の護衛騎士として学園に共に通うことなっている。


「どうせ、リズ嬢を探してるのでしょ」

揶揄するように、逆隣に座るノーム=デファンは僕たちだけに聞こえるように呟く。


大勢の者たちが僕の周りにはいるが、僕はにこやかに笑い言葉を聞いているふりをしている。


「男たちがたからないように、ライルを行かせてるから」

「そうか――」


リズは、とても美しく成長した。

しかも僕と親しいのがわかっているからか、僕に近づこうとして彼女に近づく輩も多い。

下心がみえみえなのだが、リズ自身に興味を持って近づいてる奴も多いから目が離せない。


だけど昔のようにまとわりつくことは出来なかった。

『ヴィル様の交友を広げる為に開いてるのですから、わたくし以外とお話し下さい』

そう言ってあしらわれるからだ。


(僕はリズ以外はいらないって、言ってるじゃないか――)


特に異性に関しては。

キースとノームが、男性のみを近づかせているのは、僕の思惑を汲んでくれているからだ。


これだけ彼女に執着しているのに。

本人はイマイチ伝わっていない。


(公爵から言われたことを思い出すよ……)


こういったことに疎いと言っていた意味がよくわかる。


「あ、ライルがこっちに来ますね」

キースの言葉に視線をあげると、ライルの姿が見えた。


「殿下、リズ様がお呼びですよ」

耳元で周りの者には聞こえない音量で、彼は告げる。


「よかったな、ヴィル」

ノームに肩を叩かれ立ち上がると、リズ達が座る席に行く。


少し足早になったのは、今までリズに会えてない反動だ。

後ろに帯同する3人には申し訳ないけど、そこは察してくれるだろう。


「やあ、リズ」

「殿下」

リズは席を立つと、頭を下げた。

臣下としては当たり前のことだけど、リズとは対等でいたいからそんなこと必要ないのに。


同じテーブルに座る令嬢を見つけると、途端に顔を顰めた。


(おかしいと思ったのだよ……リズから声をかけてくるなんて)


「僕たちの間でそんな挨拶不要だよ」


自分でも冷たい声が出ていたと思う。

後ろの3人から息を呑む声が聞こえた。

僕の不機嫌さを感じたのだ。


それに気づいていないか、リズは席から離れようとした。

「それでは、私達は彼方へ――」

「待って、リズ。どこいくの?」

咄嗟に腕を掴み、リズを行かせないようにする。


筆頭公爵の娘と2人で話ことなんてない。

むしろ2人きりになるなら、リズが良い。


「私達は近くの席へ移動しますので」

「僕はリズと話す為にここにきたのだけど?」


(行かないで――)

縋るように彼女を見つめると、困った顔をされる。


彼女はこの表情に弱い。

わかっていてやってる。


ノームの「うわあ」と言う声が聞こえてきたが、構うもんか。


小さくカシャンと音がすると、令嬢が僕たちを――正しくはリズを睨みつけていた。

リズの角度からでは下を向いているようにしか見えないだろう。

だけど座っている僕には、その顔がよく見えた。


(憤怒、嫉妬――早めに芽を摘む必要があるな)


社交的になり、表舞台に立つようになった僕に好意を持っているのは気づいている。

だからこそ僕に想いを寄せても、叶わないと知らしめないといけない。


(宰相殿は諦めないだろうが、僕はそのつもりはないのだ)


あの宰相なら、自らの娘を正妃に、リズを愛妾へなんて言い出しかねない。

僕はリズ以外は娶るつもりはないのだ。


「殿下――」

「殿下じゃなくて、ヴィル、でしょ」


わざと愛称呼びを強要して、仲が良いことを見せつける。


諦めたように溜息をつく、彼女さえ愛らしいと思えてしまう、僕は重症だ。


「――ヴィル様、お茶会は沢山の人達と交友を持つ場です」


建前的にはそう。

仲良い側近達を得て、ほぼその役目は果たしているのだ。

リズの中で、僕の婚約者候補もこの中にいるはずだと、信じて疑わないことに苛立ちを覚える。


(ちっ)

と心の中で舌打ちをする。

ここまで伝わっていないなんて。


でもこのイライラをそのまま口にすれば、リズに怖がられしまうかもしれない。

避けられたら、僕は正気を保っていられないかもしれない。


冷静になる為に、溜息を1つした。

「僕は小さい頃から、リズ以外はいらないって、言ってるでしょ?」


ガシャンっ。

今度はさっきよりも大きな音がした。

怒りで震えた、ルイナ嬢が立ち上がったのだ。


「――ヴィル様、失礼しますわ」

「えっ、ルイナ様!?」


(愛称呼びなんて、許可した覚えはないのだけどな)


そう思いながら、遠くなる背中に呟く。


「せめて本人だけでも、その気はないのに期待させるのは酷だと思うけどな……」

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