第一部 王宮学園編

第1話 仔犬のような王子と私

「リズリーン様」

伯爵令嬢、セレフィナ=ピーヒル嬢。

同年代のお茶会を始めた当時から参加してくれていて、定期的に顔を合わせる人であり、私の親友だ。


私の背に隠れていただけのヴィル様は、今や同年代の男性たちの輪の中心にいる。


一念発起した私は、この10年積極的にお茶会を開き、ヴィル様が早く馴染めるように手を尽くしたつもりだ。

その成果か、学園に入学する直前には仲良くなっていっている。


(うん、いいことだわ)

まるで姉のような目線で、私は見つめていた。


「今日も大盛況ですわね」

「皆さん、学園入学前に顔見知りになっておきたいでしょうからね」

セレフィナ様の問いに、私は頷きながら答える。


来週から私たちは、王立学園に入学する。

15〜18歳まで、身分は関係なく通える――名目上はそうだが、ある一定の学力・魔力・剣術等がないものは入学が出来ない。


いわゆる富裕層は、子供が小さい時より家庭教師などをつけ学ばせてしまう為、貧困層との差が出来てしまう。

それを埋めるのが、一芸入学で、魔法なり剣術なりで才能のある者は授業料免除で学園に通える。

しかも学生寮も完備されているので、王都に住んでいない人も学園に通えるようになる。

なので生徒数も多く、こういった機会がないと王子様や高位貴族たちとは顔見知りになれないこともあって、今回のお茶会は参加人数がとても多くなってしまった。


(初めは、本当に少ない人数でスタートしたのに、よくここまでの人数が集まるようになったものだわ)


「リズリーン様、セレフィナ様」

「まあ、ライル様」


ヴィル様よりも少しきつめの瞳に、髪色や瞳など同じような色彩を放つ、ライル=ラファイル様。

ここ1年ですっかり背が伸びてしまった、ライル様を見上げるように見つめる。


私の隣に立つ、セレナ様の耳が赤く染まっていくのが見えた。


ライル様は太公様――国王様の弟君と、王妃様付き侍女の間に出来た婚外子で、その複雑な生い立ちで周りからは1歩距離を置かれていた。


「リズ様、私のような者を様付きで呼ぶにはおやめください」

困ったように微笑む顔は、ヴィル様の顔立ちとよく似ている。


太公様のお手がついた時、まだ身分も第二王子で、他国の婚約者と結婚目前だった。

ライル様の母君身を引く為に王宮を出ようとしたが、王妃様が――当時は王太子妃だったようだが『私の我儘だが今まで通り仕えて欲しい』と仰ったようで、今でも王妃様付き侍女として王宮で働いている。

だけど他の侍女たちと同じように王宮の外で居を構え、2人平民街ので暮らしている。


ライル様自身も優秀な方のようで、ヴィル様の側近候補筆頭だ。

お茶会を始めた当初から、周りからの目も無視するように参加している。


(少し強引にお誘いしたけど、良かったと思うわ)


母は王宮勤めの為、なかなか親子水入らずといったことはできていないようだが、ヴィル様にとって仲良くしていて損はない相手だと思っていた。


(頭の回転も早くて物知りだけど、ヴィル様を立てることも常に忘れていらっしゃらないわ)


自分の立場をよく理解し、立ち回っている彼はとてもそつなく物事をこなす。


(そんな彼に、セレナ様は当初から好意を持っていたのよね)


太公様の血を引くとは思えないほど、彼は穏やかな性分だ。


(太公様が苛烈な性分だから、余計にそう思うのかもしれないけど……)


太公様とそう何度も顔を合わせたことはないけど、私自身あまり良い印象はない。

特にヴィル様に対しての風当たりが強く、いつも蔑むような目で見ている。


(国王様も王妃様も特に咎めるようなことはないけど――)


「今日は、特に人数が多いですね」

「――ええ、本当に。ね、リズ様、あちらで3人でお茶しましょ」


丁度空いているテーブルをセレナ様は見つけると、連れ立って移動する。

ヴィル様から1番離れた席は空席が目立っている。


椅子に座り、王宮のお茶の美味しさを噛み締めていると、キンキンとした声がテーブルに響いた。

「ちょっと、何こんな端っこに座ってるのよ、探したじゃないの」

「ルイナ様……」


キンキンとした声に主、ルイナ=ヴァラント公爵令嬢。

この国の5大公爵の中でも、筆頭公爵である彼女は私達より1つ年下で来年から王立学園に入学する。

因みに、うちも公爵家ではあるが力関係は1番弱い。


それなのに、王家と親しくなったのは王妃様とうちの母が同じ隣国の出身だからである。


「うわあ……どうしてそのドレスが似合うと思ったのか……」

セレナ様の嫌そうな声にルイナ様のドレスを見ると、真っ赤な少し大人びた印象のドレスを身につけ、取り巻きを引き連れていた。


(確かに、14歳の子が着るドレスではないわね……)


この赤色も、ルイナ様の肌色に合ってないように見える。


(私達より1つ年下なのを、ものすごく気にされてるから……)


「リズリーン様、ちょっとヴィルアント様をここに呼び出してくださいな」

「はい?」

「あんなに周りに人がいては、わたくしとお話しできませんでしょ?」


ヴィル様の一団を見ると、近くには男性陣が陣取り、その外側に女性たちが話けれるタイミングを伺っているように取り巻いていた。

その隣の一団は、ヴィル様の弟君であるシルウス様の輪も出来上がってる。


今その中から、ヴィル様を連れ出すのは――なかなか厄介そうだ。


「リズ様に頼まなくても、ご自分で行かれたら?まあ相手してもらえないでしょうけど」

「セレフィナ様!筆頭公爵の娘であるわたくしを侮辱するつもり!」

「まあまあ、わたくしが呼んでまいりましょう――リズ様のお名前を出せば飛んでくるでしょうから」

そう言うと、ライル様が席を立ち一団へ向かって行った。


何か2、3言、言葉を交わし、周りに笑顔を振り撒きながら、ヴィル様はライル様へ誘われてこちらのテーブルにやってきた。


「やあ、リズ」

「殿下」

私は立ち上がり、ドレスの裾を持ち頭を下げると、ヴィル様は怪訝そうな表情を浮かべる。


「僕たちの間でそんな挨拶不要だよ」

そう言うと先程までライル様が座っていた、私の隣へと腰をおろす。


「それでは、私達は彼方へ――」

「待って、リズ。どこ行くの?」


立ち去ろうとした私の腕を掴み、ヴィル様は不機嫌そうな顔をする。


ルイナ様の視線が痛いので、出来れば一緒にいたくない。


「私達は近くの席に移動しますので」

「僕はリズと話す為にここにきたのだけど?」


そう言いつつ、縋るように私を見上げる姿は幼い頃から変わっていない。


(か、かわいい!じゃなくて――)


美形は何をしても許されるというか――あ、あざとい。

庇護欲をそそられるような、アメジスト色の瞳は捨てられる仔犬のような表情が見えた。


(こ、これは逃げられないパターンかしら)


2人で見つめ合う形になった時、カシャンとルイナ様が茶器を下ろす音が聞こえた。

はっとして、ルイナ様を見つめる。


怒りなのか、肩が震えている。

顔を下げてしまっているから表情はわからないけど、取り巻きの令嬢たちが狼狽えているのをみると、そういうことだろう。


「殿下――」

「殿下じゃなくて、ヴィル、でしょ」


有無を言わさない少し冷たい声。

こう言われたら、私は従うしかない。


「――ヴィル様、お茶会は沢山の人達と交友を持つ場です」


私の言葉にヴィル様は深い溜息をつく。

「僕は小さい頃から、リズ以外はいらないって、言ってるでしょ?」


ガシャン。

今度は先程よりも大きい音がして。

ルイナ様が両手をテーブルの上に叩きつけた音だった。


「――ヴィル様、失礼しますわ」

「えっ、ルイナ様!?」


取り巻き令嬢達はそう言うと、顔を下に向けたまま、かなりの早さで去って行くルイナ様を後に続いた。


(これは完全に恨まれましたわね……)


筆頭公爵家のルイナ様を敵に回したくない。

だけどヴィル様の今の態度は――。


「せめて本人だけでも、その気がないのに期待させるのは酷だと思うけどな……」


ヴィル様がぼそっと呟いた言葉は、私の耳には届いてなかった――。

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