シングル・ドライブ
惟風
シングル・ドライブ
「最近オンナが毎晩上に乗ってきて寝不足でさ」
助手席で涼太が思い出したように掠れ声を出した。視線を向けると、奴はそっぽを向いて窓の外を見ていた。日が傾きかけている。
「積極的で可愛い彼女じゃねえか」
「それが“そう”ならそれはそうなんだけど“そう”じゃないんだって」
よくよく聞いてみると、心霊現象の話だった。これがオンナの惚気なら手に馴染む鈍器を置いてなかったか車内を探すとこだったけど、俄然聞く気になった。当事者には悪いが面白そうだ。
「事故物件てのは知ってたけどこれまで全然何も起きなくてさ、ラッキーとか思ってたら先週くらいからかなあ、夜中フッと目が覚める瞬間があって。で、上見たら女がいんの」
「お前死んだ女にまでモテんのな」
そんなベタな霊現象が起きるなんて信じられなかった。だけど言われてみれば、涼太は今日は会った時から顔色が悪かったし、俺がどれだけ悪態をつこうがどこ吹く風でずっとぼんやりしている。
普段から元気一杯というタイプではないので気づかなかったが、その霊とやらに精気だかなんだかを吸い取られているのかもしれない。
「まさかホントに出るとはなあ……」
そうボヤく表情も呑気で、どこか他人事みたいな口ぶりだ。
「幽霊じゃなくてお前が過去に振った女の生霊ってセンもあるかもよ」
認めたくないが涼太は女にモテる。まあ顔が良くて人当たりが良いんだから納得ではあるが。切れ長の目に見つめられてのぼせ上がった女の数は、大学内でも十や二十じゃきかない。側で見ていて憎たらしいことこの上ない。
「いやオレ振られたことしかないよ。振ったことない」
来るモノ拒まずとは思ってたけど、去るモノも追わないのか。
「モテ男様は違いますな」
悔し紛れに二の腕に裏拳を入れてやる。涼太は華奢な身体を捩らせて「もう……」と抗議の声を出した。少し寄せた眉根が妙に艶めかしく、なるほどこういうのを見て皆おかしくなるんだなと改めて思った。俺も頭に血が上りそうだ。
「上に乗ってくるだけなのか」
進行方向を見ながら聞いてみる。もう少しで目的地に着く。
「うん、それだけ。すぐ気絶するみたいにまた寝ちゃうから。寝てる間に何かされてんのかもしんないけど、朝になったらいなくなってる」
「んーだよそれで終わりかよ。もっとホラー映画とかみたいに首絞められるとか、わかりやすいことがあんのかなって期待しちゃったじゃん」
さっきまでの好奇心は消えかけていた。
道が混んでいたせいで予定より遅くなってしまっていることだし、さっさと用事を片付けたかった。怪談話を信じたワケじゃない。断じて。
「あのさあ」
信号待ちになったのを見計らったように、涼太は首を動かして俺を見た。
「何だよ」
「さっきの幽霊の話、マジなんだ」
「別に疑ってないって」
コイツは嘘をつくような人間じゃない。それどころか、正直すぎるくらいだ。
「だから、オレを殺したら、化けて出るかもよ」
両手両足を縛られた涼太の口角が、ヒクヒクと上がった。
「それ、命乞いのつもり?」
涼太の顔を覗き込む。わりと殴りつけたから、あちこち出血している。その傷さえも、人を誘惑するための化粧みたいだ。舐めたら甘いのかもしれない。
涼太の返答を待たずに、口にタオルを押し込んだ。思ったほど抵抗はされなかった。
スマホで涼太の写真を撮った。こんな姿になっていても、映画撮影中の俳優みたいだ。
自分の欲望にただ正直に、どんな女とでも、誰の女であっても寝る男。もしかしたら女以外とだって。
言い寄られたら拒まない、愛想を尽かされても平然としている。
そんな風だから、深みに嵌まる奴が出てくる。
――お前にとっては追う価値のないその他大勢だったかもしれないけど、俺にとっては惚れぬいてやっと振り向かせたただ一人の女だったんだぜ。
それを告げたところで、お前は「ふうん」としか返さないだろう。
前の車に習って、再び発進させる。涼太を埋めるための山中まで、ひたすらハンドルを操作する。
静かになった車内に、いつの間にか微かに女の泣き声が響いている。涼太にも聞こえているかはわからない、確かめようとも思わない。
細い山道に入り、車は街中よりもスピードを落として走る。
「先週から、ね」
思わずひとりごちる。涼太が訝しげな目線を向けてきた。
「薄情なもんだ。もう何しても俺のことは眼中にねえのな」
俺は苛々してバックミラーに話しかける。血塗れの見知った女がそこに映っていた。どこまでも俺を見ていないその目をくり抜かなかったことを、後悔している。
「ちょっとはこっち見ろよ!」
たまらず叫んだ。
返事の代わりに、ガードレールに向かってアクセルが勢いよく踏み込まれた。
シングル・ドライブ 惟風 @ifuw
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