後編
ドラゴンレースはシーズン毎にボーナスコースが設けられている。季節に応じて、そのルートを通ると時間が大幅に短縮されるコースだ。
このサマーシーズンは火山地帯がそれにあたる。
通称「夏の女神」だ。
しかし火山地帯はいつマグマの噴水が目の前に現れるかわからない危険度の高いコースであり、更には夏場の高熱で日射病あるいは熱中症を起こしやすい。
ドラゴン達は空を飛んでいるから落下すればまず命はない。
命綱やパラシュートも規定によって配備は義務化されているが、やはり事故で命を落とすライダーも少なくはない。
その死亡率が最も高いのがこの火山地帯だった。
「そろそろ火山地帯に入るぞ、グシツネ。その前に一度水分補給をしておけ」
「あいよぉ」
ロドリーゴがスピードを緩める。
休息は空中で取らなければならない規則だ。
ドラゴンか騎手、どちらかが地表に接触した時点で失格と見なされるのである。
彼等の横を長い影が通り抜けた。
イオリスとファムファムだ。
彼女達もボーナスコースを狙うつもりらしい。
「お先に失礼!」
イオリスが気の強そうな勝ち文句を残して飛び去っていく。
「……あいつら、ちゃんと休憩取ってんのか?」
グシツネの胸に疑問がわいた。
グシツネとロドリーゴはスタートしてからこれが初めての休憩だ。彼等をずっと追い続けていたのなら、恐らく彼女達は一度も休憩を取っていない。
「目の前のニンジンにつられてマグマに食われなきゃ良いがな」
ロドリーゴが呆れたように言った。
その懸念は的中することになる。
********
「あん? イオリスの奴、グラついてねえか?」
前を行くイオリスの身体が急に不安定に揺れた事にグシツネは気付いた。
次の瞬間、ファムファムの目の前に地面の亀裂からマグマが噴き上がった。
「危ねえ!」
何とかファムファムはマグマを回避するも、無茶に捻った長龍の身体に耐えられず、イオリスが投げ出され、命綱によって宙づりになる。
「イオリス!」
ファムファムが慌ててイオリスを鞍に乗せ直そうとしたその時、再びマグマの突き上げが二人を襲った!
(駄目だ! 呑み込まれる!)
イオリスは咄嗟に目を閉じた。
走馬灯のように後悔が過ぎる。
グシツネ達を引き離す事に気を取られて己の体力を過信してしまった。熱中症で判断能力が鈍った所でマグマの前兆を見逃してしまった。
こんなミス、いつもはしないはずなのに…。
後悔してももう遅い。
焔の顎が彼女達に喰い付こうとする。
しかし。
「ロドリーゴ!」
マグマの飛沫を掻い潜って紅い飛竜が翔ぶ。
「レフト35上! ライト20下! 次ライト15上!」
掠っただけで大ダメージを負うその飛沫を、グシツネは涼しい顔で指示出ししながら躱していく。
「こおおおおおお!!」
そしてロドリーゴが肺に溜めた空気を喉の発火笛を鳴らしながら一気に吐き出した。
炎のブレスはイオリスに当たらないようにファムファムを狙い、見事長龍の体躯を吹き飛ばす。
マグマは何も呑み込むことなく弾けた。
バランスを失ったファムファムはイオリスごとマグマのない離れた地面に叩きつけられる。
「うう……」
イオリスはうめき声を上げた。
衝撃で身体は痛むが、フライトジャケットのおかげで大怪我はしていないようだ。
ファムファムも火龍なので炎のブレスには抵抗力がある。無傷だ。
彼女達に上から声が降ってくる。
「お〜い大丈夫かぁ?」
「小娘ども。そこも安全とは言えんぞ。サッサと飛ぶのだな」
「……グシツネさん」
ナンバー3を背負った姿が、噴煙の立ち込める中でも夏の太陽の逆光で眩しい。
ロドリーゴの羽撃きの風でイオリスの髪が揺れる。
「今回は失格だなぁ。これに懲りたら夏を舐めんなよ〜」
「……肝に銘じます」
そう言い残すと、グシツネとロドリーゴはあっという間に飛び去って行った。
「何なの? あのマグマを掻い潜ったアクロバット飛行。それにあれだけのブレスを吐いた後であの加速……さすがは夏の王者ってことなの」
ビーコンの反応でイオリス達の失格は大会本部に伝わっているはずだ。ファムファムに跨り直し、イオリスは火山地帯を離脱していった。
********
「やっぱり今年も夏の王者かぁ〜! 強えなぁ、グシツネ!」
サマーシーズンカップは例年通りグシツネの優勝で終わった。表彰台の上で手を振るグシツネをイオリスは苦々しい目で見つめていた。
その背に声をかけてきたのはカムランだ。
「残念だったねぇ、失格」
「……あの人、一体何者なんです?」
「何って……ドラゴンライダー?」
カムランがキョトンとしながら答えると、イオリスからキッと睨みつけるような視線が返ってくる。
「そういう事を聞いてるんじゃありません! 私、あの人がとんでもない錐揉み飛行しているところを見たんです! あんな飛び方……!」
「普通のドラゴンライダーじゃないって?」
「……そうです」
カムランはそれを聞いて愉快そうに笑った。
「そりゃそうさ。グシツネもロドリーゴも元々空挺師団に居たんだぜ?」
「元軍人!?」
「何で軍辞めちまったのかは俺も知らねえがな。めっぽう強かったらしいぜ」
「……そうなんですか」
イオリスの視線に気付いたのか、グシツネが優勝カップを持ったまま近づいてきた。
「よお。怪我は無かったか?」
「……助けていただいてありがとうございました」
イオリスはぶっきらぼうに礼を告げる。
「どーいたしまして。お前、きっとこれからも生き残るぜ。何てったって夏の女神の抱擁から逃れたんだからな」
「違いねぇ。ドラゴンライダーに必要なのは悪運だからな!」
「……余計なお世話です!」
マグマに呑まれかけた事を引っ張り出され、イオリスの機嫌は急降下した。
「次は絶対勝ってみせますから……!」
捨て台詞を吐いて女性騎手はズンズンと離れていく。
グシツネはその背にひらひらと手を振った。
「若い子は元気が一番」
そう呟いて夏の王者は再び勝利の宴に身を投じたのだった。
竜には乗ってみよ人には添うてみよ 青蓮泉 @Prot0n
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます