竜には乗ってみよ人には添うてみよ

青蓮泉

前編

「ああ……今日もあっちいな……」


 夏の日射し照り付ける朝。

 既に気温は汗ばむほどで、蝉が鳴き始めている。


 男はこめかみから滴る汗を拭いながら龍舎へ向かった。

 彼の名はグシツネ。

 ドラゴンレースの騎手である。


 龍舎へ入ると、まずゴム手袋をはめて厨房へ。

 冷蔵庫から新鮮な牛肉のブロックを取り出すと、包丁でぶつ切りにしていく。次にそれを大きな皿に盛り付ける。

 最後に昨日の残りの野菜スープをもう一つの皿に盛り付け、グシツネは二つの皿を持って厨房を後にした。


「おーい、メシだぞー」

「ああ、お早う。グシツネ」


 向かった先は彼の愛騎の寝床だ。

 行儀悪く扉を足で開けながら声をかけると、すぐに一頭の龍が首をもたげる。

 サラマンドラ種の紅いオスの飛竜。

 名はロドリーゴ。


「調子はどうだ? 良く眠れたか?」


 グシツネはロドリーゴの前に朝食を置いてやる。

 ロドリーゴは肉より野菜の方が好きだ。

 スープから口をつけるロドリーゴの食欲をチェックしながら話しかける。


「タイニードラゴンじゃないんだ。よく眠れたよ。いい夢を見た。今日は勝てる。……お前こそどうなんだ」

「俺だってよく眠れたよ。……寝付くまで時間がかかったけど」

「ベテランの癖に青臭い」


 ロドリーゴはゆったりと喉を鳴らして笑った。

 今日はドラゴンレースのサマーシーズンカップ決勝レースが開催される。

 彼等は選手ナンバー3で出場予定だ。

 選手ナンバーは予選のタイム順に配置される。

 つまり、彼等は上から3番目のタイムということになる。


「夏は我等の独壇場よ。案ずるな」

「ん。だな。予選じゃ最後は流したし……最後は捲くぜ」


 この夏の日射しは火龍の味方である。

 一人と一頭は燃える闘志を胸に、出立の準備に励んだのだった。


 ********


 ドラゴンレースは飛竜のためのレースである。

 砂漠、山脈、岩壁、海、森林、火山地帯。

 およそ1,000km先のゴールに向けて何でもありの地形のうちのどの飛行ルートを選ぶかで勝負が決まるといっても良い。

 上空を飛べば障害物は少ないが、酸素が薄く、風が強いためより身体の屈強さを求められる。

 一方地上近くはスピードを出すには向いているが、障害物が多いため避けながら飛ぶテクニックが要求される。


 装鞍所でロドリーゴに鞍を取り付けるグシツネの元に、ライバル騎手のカムランから声がかけられた。


「おうグシツネ。お前等はやっぱり火山攻めんのか?」

「まあな。お前等は海か?」

「夏はさすがにバテんのが早いからな」


 そう言ってカムランが撫でるのは蒼い龍…フロスト種だ。冬にはめっぽう強い彼等も夏では形無しである。


「俺等よりお前に対抗心燃やしてるのはアッチだろ?」


 そう言ったカムランがこっそり指したのは、装鞍所の端の方で相棒のコンディションを整える細身の影。

 今年始めてドラゴンレースに参戦してきた、女性ルーキーのイオリスと、長火龍種のファムファムだ。

 この辺りでは珍しい長龍タイプの火龍で、スピードはサラマンドラ種に劣るが高い持久力を誇る。

 彼女達はどうも同じ火龍だからということで、良くグシツネとロドリーゴに張り合ってくる。


 グシツネは常にトップを走れるほどの成績ではないが、サマーシーズンだけは負け無しのライダーだった。

 通り名は「夏の王者」である。

 イオリスとファムファムは初めて迎えるサマーシーズンである。グシツネ達からその名を奪ってやろうと虎視眈々と狙っているのだ。

 彼女達の予選タイムは2位。

 実は先程も嫌味を言われたばかりである。


「あ〜。まぁ、若い子は元気な方がいいよ」

「"オジサン達は熱中症に気をつけてゆっくり来られたらどうですか?" ……だもんなぁ。俺達もとうとうおじさんかよ」


 カムランは嘆かわしそうに首を振ると準備に戻っていった。


「フン……。グシツネはともかく、我を老いぼれ扱いするとはな。夏の戦いの難しさ、叩き込んでくれる」

「あんま今からカッカすんなよ。っていうか俺はともかくって何だよ!」


 レース前の最後の休息は過ぎてゆく。


 ********


《選手は位置について》


 スタート地点の崖の上。

 そこは日射しでジリジリと蒸し焼きにされているようだ。

 スピーカーから審判の指示が下る。


 決勝レースに参加するのは全部で6組。

 龍達は各々が指定された位置で身を伏せる。

 ブオォ、ブオォ、と音が響くのは龍達の吐息だ。

 スタートの瞬間、飛び立つ筋力を生み出す為に、肺に空気を溜めているのだ。

 早く高度を上げるほどトップスピードへと移りやすくなるのである。


 グシツネは最後の携行品チェックを行う。

 経口補水液、緊急食糧、パラシュート、鞍の命綱の金具…。


(問題ない。……さぁ、始めようぜ)


《Attention……Go!》


 レース開始の空砲と共に旗が振り下ろされる。

 龍達は地を蹴って一斉に飛び立った。


「スタートブレス! サァ行こう! イーチ! ニーイ! サーン!! その調子!」


 ロドリーゴの得意とするスタートスタイルはスリーブレスフラップ。3度の強烈なブレスと羽撃きで一気に頭一つ抜け出る。

 そのままノーマルスピードへ移行するための加速を行った。


「ヨーシ頭を出たぞ! スタートスパート10本行こう! イーチ! ニーイ! サーン! シーイ! ……」


 10度羽撃くうちに他の龍達は置き去りになる。

 ……かと思われた。


(ほぉ……お嬢さんが喰い付いて来やがった)


 ロドリーゴの後方、やや遅れて長火龍がついてくる。

 イオリスとファムファムだ。

 グシツネ達から夏の王者を奪うという気概は本物らしい。


(……まぁいい。俺達は俺達のレースをするだけさ)


 グシツネはそれきり後ろを気にするのはやめにした。

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