第6話 ハニーナッツとチーズと異世界ワイン



 リッカは悩んだ末に、ようやく冒険者登録をした。名前だけで登録ができて、月1回納品をすれば問題無いと確認できたところが大きい。

 受付の若い女性に必要事項を聞きながら、紙にペンで書いていくのだが……

(書きにくい……紙に引っかかる……)

 いくつか小さいインクのしみを作りながらも、無事登録が終わった。

 その流れで、登録処理をしてくれた女性が、手慣れた様子で、文字通り流れるように施設の説明をするのを聞いていた。

 依頼受付は入口からすぐに見えるところに並んでいる。おそらく同時に7件まで同時受付が可能だ。依頼票は入口から右手の壁にびっしりと依頼内容を書いた紙が貼られている。その中から受けたい依頼の用紙を剥がして受付に持っていくシステムらしい。

(自分のランクとかけ離れすぎていると受付を断られることもある、か)

 クエストの完了受付は依頼受付の長い机の左隣にあり、買取依頼品を並べる大きな机が印象的だ。

(完了受付は3つ……大物の解体受付は左端なのね)

 そして、20名ほどが使用出来そうなお酒もお茶も出す食堂のような場所。このギルドの周りには、他にも食堂は沢山あるのでここに拘らなくても大丈夫、特に新人や女性は、タチの悪い輩に絡まれることもあるから気を付けてくださいと真剣に言われたので、リッカも神妙な顔を作って頷いておいた。


 金属のプレートのような冒険者証を受け取って、登録は終了だった。紐か鎖をつけておくようにアドバイスをもらったので、後で付けることにして、アイテムボックスへ入れた。

(何よりもここの方が安全だよね)


 ギルドの外に出ると、リッカは無意識に軽く伸びをした。

(さて……セカイさんのところに行ったら、帰るかな)

 その後、無事に祈りを終えた後、神殿に併設されているという孤児院の子供や神官たちのバザーで葡萄酒を売っていたので、リッカは一生懸命な子供の視線に負けて、革袋タイプの水筒と一緒に購入してみた。

(冒険者ぽい……よね?)


 帰宅したのは午後2時過ぎだった。昼食を食べ損ねていたので空腹だ。

「さて……」

 革水筒に口を付けて飲むのが流儀らしいのだが、慣れないと飲みづらい。リッカは注意しながらガラスのコップに注ぎ入れた。

「確か、ワインは貴族家から寄付されたものだから……だったかな」

 リッカが買い求めたのは、ちょうど追加の樽を開けたときだったようで、ワインの販売に気付いた通行人があっという間にリッカの後ろに並んでいた。の様子から見るに、定期的に売られている人気の商品なのかもしれない。

「香りは、普通にワインかな……?」

 コップに顔を近づけて香りを確かめたところ、やや甘めのワインの香りだった。恐る恐る口に含むと、思っていたよりしっかりした渋めのワインといった感じだった。おそらくリッカは体感的にワインにはおそらく前世含めて詳しくはないように感じていた。

(今夜はワインについて読書も良いかもしれない)

「ええと。チーズと……ナッツ類とかどうかなぁ?

 他のお酒のアテは、イカを燻製にして裂いたものとか、柿の種とか……」

 テーブルの上には、ぽんぽんと色々な酒のつまみ系が並べられていく。

 お行儀が悪いとは思うが、アイテムボックスのディスプレイと、つまみ系の料理のレシピが載っている電子書籍を同時に見ながらチョイスしていく作業に、リッカはいつの間にか没頭していた。

「ローストハニーナッツ、マヌカハニーナッツ? こっちは塩味だけかな。ナッツ類はあんまり拘ったことがなかった気がする」

 おそらく日本で生きていた頃は、うっすらと時間に追われていたように思う。子供が3人くらいいた感覚もある。

(きっと忙しかったのかもね。名前は知ってるけど食べたことはない、みたいな感じなのかも)


 ナッツやクラッカー、チーズ類を並べてワインをグラスに注いだ。リッカは無意識にテーブルに肘をついて、グラスの曲面にうつる自分の影をぼんやりと眺めた。細面の、整ってはいるがあまり特徴がない顔と目が合った。

 

 思い出そうとする度にリッカの前世の家族の記憶は霞がかっていくようなのだが、何故か知識そのものは残っているようで、食材の名前などに関しては困る事はない。

(モノに付随する思い出は、比較的に覚えている気がするんだけどね)

「それでもね……」

 転生してからずっと、リッカが一貫してよく思い出せないのは人間の顔だ。霧がかかったような、ぼんやりしたイメージの家族の顔。そして名前。

 ぐいとワインを流し込んで、クラッカーの上に薄く切った生ハムとチーズを乗せたものを口に放り込む。


『クラッカー苦手! 口の中がカラカラになるから!』

『牛乳飲めばいいじゃん』

『わ、食べてる時に口開けないでよ!』


 ふと、リッカの頭の中で会話が弾けた。

 文字通り声などを思い出したわけでもなく、こういうことがあったかな、という記憶のようなものだ。


「子供たちのこと……かもね」


 皮袋のワインが瞬く間に無くなっていく。どうやら、異世界の体は日本にいた時よりも酒に強いような気がする。そして、ちょっと渋いこのワインを心地よく感じるようだ。

 

「昼間からお酒って言っても、レイヴァーンの中には、水が良くないからワインが水がわりって地方もあるみたい。そもそも昼から飲む文化があるっぽいしね」


 ふと、転生の時に割と中世のヨーロッパなどに近いところが多いと聞いていたのを思い出した。

 アイテムボックスのディスプレイで眺めていたレシピ本を閉じて、レイヴァーンの地図に切り替える。


「ああ、砂漠みたいなところも、熱帯雨林みたいなところもあるにはあるのね」

 ぼんやりした記憶を丁重に頭の隅に置いて、地図を眺めながらワインを口に運んでいく。おそらく、リッカの体は本当に酒精に強いようだ。口の中に放り込んだハニーナッツは今度は白ワインと合わせてみたいかな、と心のメモに書きつけつつ。


 ———リッカは夕方まで地図上の地域へ机上旅行を楽しんだのだった。



—————————


本日のご飯


・異世界のワイン(だいたい1本1500円くらいのグレードのワインだと思ってください)


↓ここからはアイテムボックス内(現代)の食材

・ナッツ類 食べきりサイズの小袋

・クラッカー 本日はプレミアムクラッカーのイメージで

・スライスしたチェダーチーズ

・食べきりパックの生ハム


リッカは酔うとウエットになるのか、それとも笑い上戸になるのか……🤔

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転生隠者のまったり生活日記 ひらえす @shahra

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