第22話 5月の出来事(1)


 5月。

 大型連休初日。


 喫茶店スワン。

 閉店後。厨房。


 忙しかった――。

 昴は夕方の出勤だったが、それでも一日中いるような感覚だった。


 大きく息を吐き、自身の中で区切りをつける。


「ゴールデーンー!」


 すると、入口のシャッターが閉まった瞬間、夏樹が叫ぶ。


 突然、どうした――。


 そう思ったのもつかの間。


「ウィークー」

 カウンターから顔を出した夏樹の妹の雪が両手を挙げてそう言った。


 待っていたのか。

 そう疑ってしまうほどのベストタイミング。

「……どんな連携だよ」

 流れの良すぎる連携技に昴は呆然としていた。


 まあ、簡潔に言うと壊れだのだ。

 夏樹はこの大型連休の忙しさで壊れてしまったのだ。


 ランナーズハイと言う言葉があるが、

 走り続けてしまうとアドレナリンが何とかこんとかでハイになってしまうらしい。


 まあ――その結果がこれである。


「終わったよー」

 お手上げのような手の挙げ方を見て、夏樹も同じ仕草をする。


 確かに後片付けもほとんど終わっていた。


 ――僕の方は残っているけど。


 そして、カウンターからホールに出ていくと、雪とグルグル回り始めた。


「何してんの」

 二人とも普段の二人じゃない。


 本当に壊れてしまったのか。


 ――夏樹はともかく。


「お疲れ、みんな」

 そう言って厨房から出てきたのは、友人であり上司の秋悟だった。


 何度も何度もピークを越えてきたのにも関わらず、秋悟は落ち着いている。


 疲れを知らないようなその貫禄。

 これが格の違いか。


 積み重ねてきた経験がちが――――いや、あんま変わらないはずなんだけどな。


 未だに回り続ける鶴見兄弟。

 夏樹たちってこんなんだったっけな。


「お疲れさまー」

 店の入口から笑顔で厨房に向かってくる美少女――いや、美女。

 その美女こそ、この喫茶店スワンの店長の芙美さんである。

 

 相変わらずのその小柄な容姿とふんわりとした雰囲気。

 白いメイド服と相まってか、天使に見える。


 ――まあ、もう一人、天使はいるけど。


 芙美は笑顔でこっちに向かってくる――――と思いきや、

 流れるように夏樹たちの輪に入った。


 違和感なく合流するその光景。

 回る人が鶴見兄弟の二人から三人に増えた。


 白いメイド服の小柄な天使と巫女服を着た白髪の美少女――あ、雪も天使だな。

 そんな天使二人と、なぜか回る――変態、鶴見夏樹。


 中学時代、見た目によらず、誰もよりも変態と噂された男。

 服装を変えれば、女子に見えると言う噂もあった。


 当時の夏樹は異性からも同性からも尊敬されていた。

 ――いろんな意味で。


「あ、楽しそう」

 すると、ホールの掃除を終えた昴の幼馴染の美沙兎がやってきた。


 雪たちよりもさらに小柄。

 小学生に見られても違和感が無いその童顔な容姿。


 白のエプロンと黒のロングスカートは、彼女を人形のような可愛さを漂わせる。


 回る三人。無言で見つめる美沙兎。

 昴はこの後の展開が容易に想像できた。


 無論、三人が四人に増えるだけである。


 こうして、天使が三人になった。


「ウィーク、ウィーク、ゴールデンー」


 芙美がよくわからない掛け声を挙げる。


『ウィーク! ウィーク! ゴールデンー!』


 残る三人は芙美に続けと、それを復唱する。


 そして、四人はグルグル回りながら連呼していた。



 ――なんだこれ。


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僕らの喫茶店ライフ 桜木 澪 @mio_sakuragi

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