絵本未満の話

兎紙きりえ

絵本未満の話

ある所に、怖がりの少女がぽつん。一人いた。

せかいは真っ暗。背の低い草だけが地面に広がっている。

なんにもない、寂しい場所に、きらり。なんにもない空から流れ星がやってきて言った。

「やぁ、綺麗なお人。流れ星のショーはいかがでしょう」

それでも少女はつまらなさそうに、ぽつり。

「いらないわ。だって、いっしょに見れる人がいないもの」

「そうか、それなら仕方ない。代わりに1ついい事を教えてあげよう。ついでに1つ悪いことも」

流れ星はがっかりして空に戻ると、地面の少女を見下ろしながら言った。

「うしろの、ずっと、遠くをごらん」

少女のうしろには、さっきはなんにも無かった景色に、ぽつん、明かりが見えていた。

「街のあかりさ。今日はパーティーだったかも」

「わるいことって?」

「ざんねん、夜が明けてしまう」

少女が振り返ると、そこにはもう流れ星はいなかった。空と地面の境目に光の跡が消えていた。

少女は街の方へと歩きだす、けれど、昼間は太陽が眩しくて街の灯りなんてみえっこないのだ。

だというのに、目の前には分かれ道。

立ち止まった少女に、追いついた風が言った。

「ふふふ、お姉ちゃんったらどこいくの」

可愛らしい子ども達の声だ。

「僕たちはね、生まれたばかりなんだ!」

「そうだそうだ!どこいくんだろう!」

「わかんないね!」

草花をそよそよ揺らして、ぴゅうぴゅう飛び回る。自由に野を駆け回る。

「私ね、街へいくの」

「街か!」「街ってなに?」「なんか大きいとこのさ!」「でもこっちは街じゃないよ?」

「嘘言わないでよ、夜の灯りはこっちに見えたもの」

「……そいつは海に騙されたんだな」

枯れた声が落ち葉と一緒にのろのろ遅れてやってきた。古い風だ。

ひゅろりひゅろりと少女の周りを回りながら古い風は言った。

「見たところ、君は魚じゃないようだ」

「そうなの、私は人の街に行きたいの」

「ふむ、それなら1度海に行くといい。右の道だ」

「魚じゃないったら、ヒレもないでしょ?」

「ヒレが無いだって!それはいい!なんと歩きやすいことだろう!」

「魚じゃないから、海に行ってもしかたないじゃない」

「そうともないさ、人はヒレがなくても海が好きなものさ」

「ふぅん」

少女は仕方なく古い風の言う通りに歩きだした。

「海に沿って歩くといい。人は海が好きだからね」

後ろからおくれてのろのろ、そんな言葉が聞こえて来る頃、少女は海に着いていた。

するとさっきまで空を飛んでいたお日様が降りてきて言った。

「おっと、失礼」

ちりちり暑くて、ぴかぴか輝いていた。

「ずっと上にいると暑くて暑くてたまらないんだ、たまにはこうして海にも入るんだ」

お日様がつかったところから、海はまっかっかに色づいた。

「恥ずかしがってるんだよ」

「魚が?」

「魚たちは恥ずかしがりやなんだね」

「だから海に隠れてるの?」

「そうさ、でも、ぴかぴか照らすと海の中身が見えてしまうだろう。それが恥ずかしいんだね」

「お星様は言ってたわ。昨日の光はパーティーだって。でも、風は海の魚だっていうんだもの、おかしいでしょう、恥ずかしがりやなのにパーティーったら」

「それはきっと星が見間違えたのだね、暗くて君が魚に見えたんだろう」

「ヒレがないったら」 

「どれ、私が伝えてこようじゃないか」

そう言って、お日様は海の向こうに飛んで行ってしまった。

かわりにお月様が空まで昇っていた。

カンカン熱くてギラギラ光ってたお日様と違って、もの静かに昇っていた。

「退屈ね」

少女が零すと、「そうでもないさ」とお月様が答えた。

「静かだから聞こえるものも、あるものさ」

それっきり、ぷいとそっぽを向いて黙ってしまった。今日は星もない。

だんだん空色は変わって、最後にはしんと暗くなった。

黒ペンキの空と、お月様、世界にはそれだけ。

お日様も流れ星も、風もない。

魚のパーティーもおやすみのようで、そういえば恥ずかしがりやと言ってたし、近くに居たら見れないのだろう。

海の中は見えっこない。ただでさえ暗いのだから。明かりもないし。

指の先をちゃぷりとつけてみる。ゆらゆら水面が揺れるけど、水面の下は覗けやしなかった。

その時だ。

ぽわんと明かりが見えた。ずっと遠くだった。

ちょいと風が吹けば見失いそうな遠くに、明かりが見えた。

しゃらんら、しゃらんら。音が聞こえた。

「なんだ、パーティーでもしてるじゃないか」

「今度は誰のパーティー?」

顔を上げてもお月様は知らんぷり。

しんしん静かに、けれどもスーッと光を弱めた。代わりに明かりがよく見える。

ぽわわん。ぽわん。

目立ってようやくたしかに、その明滅のあるのに気づいた。

どうやらホントにパーティーみたいだ。

心配そうな魚が水面から顔を出して覗いていた。

「恥ずかしくないの?」

聞けば、わあっとわらわら我先に、水の中に潜っては、またちょぷちょぷと一匹ずつ顔を出した。

「行かないのか気になって」

また言ってわあっとわらわら海の中に潜ってしまう。

それでも、見えないだけですぐ近くにいる気がして、少女は「行くよ。行くってば」とだけ言った。

わあっとわらわら。嬉しくなった魚たちはその夜パーティーを開いた。

少女は歩いた。浜辺はずっと歩きにくいものだ。

ふと、空から流れ星が落ちてきた。また流れ星だ。

「やあ、また会ったね。綺麗なお人。この前のお詫びに流れ星のショーはどうでしょう」

「必要ないわ、だってこの先にパーティーがあるのでしょう」

「もちろん、人はパーティーが好きらしい」

少女が「ふうん」と言うと、流れ星は言った。

「そうだ。やはりショーはやるべきだ」

「まだ一緒に見れる人がいないったら」

「大丈夫。人はショーも好きなのさ。それに、君が着くまで流れてあげるよ、それはもうずっと」

そう言って流れ星は空へと昇った。

しゃらんら、しゃらら。しゃらんら、しゃらら。

どこからか、無数の流れ星が光の軌跡を空に描いた。

まるで、向かう先の、淡い灯の場所へ誘うように。篝火を引くように、星は走っていた。

「行くよ。すぐ行くってば」

それから、街に着いた少女を祝福するように、特大の星が空を駆けた。その夜はずっとパーティーが続いた。

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絵本未満の話 兎紙きりえ @kirie_togami

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