決意1-1
長い一日だった。
パトカーに乗せられた矢野を見送り、外へ出る。
部屋を出たのは夕方だったのに、今は月が闇を照らしている。
未成年の俊矢もいる。
これから事情聴取もあるかもしれないが、日付が変わるまでには帰りたいものだ。
ふわぁと欠伸をして息を吐く。
色々と疲労が溜まっている。
おい、と宮野に呼びかけられた。
「蓮、どうするのだ。名前を出すか?」
「いつも通り遠慮しとくわ。俺は別に、名声やら喝采やらが欲しくて探偵をやってる訳じゃねぇし」
事件を解決した探偵は、希望すれば新聞やメディアに自分が解決したのだと名前を載せることが出来る。
神崎の名前を知ったのも、彼が解決したらしい事件が書かれた何年か前の新聞記事からだ。
「蓮。改めて礼を言う。事件を解決してくれて、元博の無実を証明してくれてありがとう。蓮がいなかったら、冤罪を生み出す所だっただろう」
スっと俊矢が頭を下げる。
居心地が悪い。
「顔を上げろ。そもそも俺は、事件を解決する気は初めは無かった。俺を部屋から出したお前のお陰でもあるんだ。手柄は半々だよ」
冗談交じりで俊矢の顔を上げさせる。
顔を上げた俊矢は、未だ真剣な顔でこちらを見つめている。
その真っ直ぐな目にたじろぐ。
「もう一度、チャンスをくれないか?」
「チャンス?」
「ああ。九重蓮。何でも屋虹の社員になってくれ。やはり、探偵としてのお前の力は絶大だ。力不足なんかじゃない。俺はお前が欲しい」
奥歯を噛む。
分かってしまった。
探偵としての自分に存在価値を見い出してしまっていることに。
「なら俺も、もう一度聞くよ。どうして俺が必要なのか。お前らが言っていた、鞍馬八雲と関係があるのか?」
ずっと気になっていた。
矢野が取り出した死神が描かれたカードと、それに追随する形で飛び出した人名。
それは、探偵世界では有名な名前だったから。
「広域指名手配犯、鞍馬八雲。殺人並びに殺人教唆の罪で追われていながら、警察はヤツの尻尾すら掴めていない。ただの何でも屋に関係あるか?」
「ある。虹の存在理由のひとつが、鞍馬八雲の逮捕だ」
「ただの何でも屋が相手に出来るヤツじゃねぇだろ」
なにせ、四年弱捕まっていない極悪犯罪者だ。
探偵である神崎がいるとはいえ、一介の何でも屋がどうこう出来る相手とは思えない。
「重々承知の上だ。それでも俺がやらなきゃいけない。アイツは俺の敵なんだ」
顔を歪ませた俊矢は、それでも必死に蓮に語りかけてくる。
何がこいつをそこまで突き動かしているのだろうか。
力になりたいと思うのは探偵としての性か、それとも……。
「ひとつ聞かせてくれ。何でも屋に事件が持ち込まれることはあるのか?」
「少なくは無い。なにせ、僚真がいる。それに、社長も。社長は警察に顔が効く。それに、宮野刑事も虹の協力者だから」
環境は上々といったところか。
虹ならば、俺の目標を達することは出来るだろうか。
黙る蓮に俊矢が畳み掛ける。
「そうだな。何の条件も出さずに力を貸せというのも身勝手な話だ。ほんの少しだけ情報を開示しよう。俺は鞍馬八雲の昔馴染みだ。ある事件をきっかけに、俺たちは敵になった。僚真やヒロさんは、事情を知って協力してくれている」
「ある事件?」
「そして、俺には前科がある」
「はっ?」
さらりと爆弾を落とした俊矢は自嘲気味に笑う。
何かを後悔している目だ。
「今思えば馬鹿だったよ。罪状は不正アクセス禁止法違反。当時の俺は、一五歳の中学生だった。二年間、少年刑務所で服役していた。出所後、社長が俺を引き取ってくれて、虹を創ったんだ」
「ツキトシは罪を償ってる。それは、探偵として僕が保証するよ。ツキトシの犯罪で亡くなった人はいないしね」
「人の生死は関係ないさ、僚真。俺は許されないことをした犯罪者だ。だからこそ、同じ犯罪者である八雲を捕まえなきゃいけないんだ」
強い目で蓮を見据える俊矢に、ある影が重なる。
あいつも、こんな目で俺をよく見ていたな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます