白日の元に晒される闇3-4

「ひとまずは矢野慎を逮捕するとしよう。それからのことは、これから決める。最優先は、この事件を解決させることだろう?」


「おっさんの言う通りだ。事情があるのは何となく察するが、今は頭の片隅にでも追いやっててくれ」


  蓮は宮野に向かって顎をしゃくる。


  手錠を掛けろと言っているのだろう。


「矢野慎。全てを洗いざらい話してもらう。覚悟をしておいてもらおうか」


  宮野は矢野の手を取り、手錠を掛ける。


  ガチャンという無機質な音が冷たく響き渡る。


  自身に掛けられた手錠を見つめ、矢野は薄く笑う。


  自嘲とも軽蔑とも取れるその表情に、胸が締め付けられる。


  もっと他に無かったのだろうか。


  事件を起こさずとも、全員が不幸にならずに済む方法が何か。


「ハハッ。これからは刑務所の中で、兄貴と波奈乃の不幸を祈って過ごすよ。弟が息子を殺した事実を胸に抱いて、精々苦しんで生きてくれ。それが俺の何よりの願いだ」


  狂ったように笑い続ける矢野を橋爪が忌々しそうに引っ張る。


  元博はその背中を、ただ黙って見ていることしか出来なかった。


  結局、何も出来なかった。


  無力感が胸を覆う。


「終わりだ。私はもう、終わりだ……」


  呆然と呟く赤木の声にハッとして顔を上げる。


  そうだ。


  今、この場で絶望して良いのは俺じゃない。


「終わりなんかじゃない。むしろ、ここからが始まりっすよ、赤木さん」


  投げやりにも励ましにも聞こえる蓮の声。


  この場は蓮に任せるべきか。


「お前に何が分かる。息子は死に、弟は息子を殺した殺人犯。もう何もかも終わりだ。このまま死ねば、私も圭太の所へ行けるだろうか」


「ここで死んで何になるってんですか。息子さんの無念を晴らせるのは貴方だけだ。あの子の為にも、貴方は生きて戦うべきだ。戦うべき相手はハッキリしているでしょう?」


「慎とどう戦えと?」


「証拠は検察とか警察がどうにかするとして、裁判で矢野慎に正当な判決が下って罪を償えるように証言する。ひとまず、それを生きる理由にしたらどうです?」


  真剣に赤木と向き合う蓮。


  蓮は今、赤木を死なせないようにしているんだ。


「貴方はまだ幸運だ。戦うべき相手がハッキリしているから。圭太くんの為にも生きてください。残された貴方には生きる義務がある。きっと、圭太くんも父親である貴方が生きることを望むだろうから」


  静かに告げる蓮はどこか苦しそうだ。


  それでも、真っ直ぐな瞳で語りかける。


「矢野も言ってたでしょう。苦しんで生きろと。見返してやりましょう。どんな逆境に立たされようと、折れない貴方の姿を見せてやりましょう。そして、圭太くんに胸を張れる生き方をしましょう」


  蓮はお手伝いしますからと続ける。


  その言葉を最後に、赤木は堰を切ったように泣き崩れた。


  慟哭の音が響く。


  この胸の痛みは戒めだ。


  何も出来なかった自分に掛ける戒め。


  今の赤木の姿を目に焼き付けろ。


  探偵として戦えない俺に出来ることは少ない。


  それでも、二度と赤木のように苦しむ人間を見たくは無い。


  そのための戒めだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る