白日の元に晒される闇3-1
本当に矢野さんだったんだ。
蓮の推理は、やっぱり正しかった。
矢野がこちらを見て嘲笑する。
「せっかく、そこのノロマそうな男に罪を擦り付けられると思ったのに、関係者に探偵がいたなんて想定外だったぜ。タイミングが悪ぃ」
「元博と神崎が来る日に犯行に及んだのは、計画の内だったってわけか。用意周到で最低なヤツだな」
「何とでも言え。俺は圭太を殺せりゃ、それで充分だったからな。そいつらが来る日を犯行日に決めたのは、厳密には俺じゃねえし」
矢野は楽しそうに笑う。
人を殺した人間が、何事も無かったかのように笑っている。
どうして平然としていられるんだよ。
怒りで吐き気がしそうだ。
「それにしても探偵はスゲェな。圭太を殺した手順も大正解。まるで見ていたかのようで気味が悪いぜ」
「認めるんだな。お前が赤木圭太を殺害したことを。その罪を、元博に擦り付けようとしたことも」
「さっきからそう言ってるだろ。なんだ、信じられねえか?」
蓮がうざったそうに眉をひそめる。
事件が解決出来た安堵感と、矢野の豹変した態度への嫌悪感が混ざった顔だ。
「何でお前が圭太を……?」
「そこの二人が言ってた通り。動機は兄貴への嫉妬と怨恨だよ。兄貴を絶望に陥れたかったからな。その為には直接兄貴を殺すより、兄貴の大切なものを奪った方がいいって」
「ふざけるな!圭太はお前に、あんなにも懐いていたというのに!」
「だから何だよ。あんなガキ、さっさと殺したかったんだ。タイミングを見計らってたうちにあのガキが、俺に勝手に懐いただけだろ」
縋り付く赤木を一蹴する矢野。
何も映していない真っ暗な瞳は、深々とした闇をたたえている。
「ずっとずっと、お前が嫌いだった。俺から全部奪ったお前がな」
矢野はゆっくり静かに口を開く。
赤木を睨みながら。
「ガキの頃からそうだった。たった二つしか違わないくせに、いつも俺の前を行く。俺は親父にもお袋にも褒められたことが無い。俺がやろうとする一つ先を行く兄貴のせいでな。ずっと言われてたよ。玄みたいになりなさい。玄を見習いなさい。聞き飽きたっての」
蓮を見る。
痛みを堪えるかのように顔を歪めている。
そっと駆け寄る。
「極めつけは大学受験。兄貴が通ってるとこ以外は受験を認めない。無理に決まってるだろ。案の定、不合格で高卒。見放された俺は家を出てバイトを転々として回った。そんな時だ。波奈乃が俺のところに現れたのは」
波奈乃。
オーストラリアで仕事をしている、圭太の母親。
彼女も関わっているのか?
「当時の俺は土木作業員として、日当たりの仕事をしてた。波奈乃の父親がそこの会社の人間だったからか、波奈乃はよく現場に来てた。色々あって、波奈乃と付き合えることになった。兄貴にも紹介したよな。いずれ結婚して、定職に就きたいって話も」
知らなかった。
そんな話は初耳だ。
部屋を見回すと、俊矢が悲しそうに目を細める。
そういえば、彼は国際電話をしたと言っていた。
赤木波奈乃に電話をしていた?
だったら辻褄が合う。
波奈乃に矢野のことを聞いていたんだ。
「定職に就く為に日当たり労働を辞めた。色んな会社の面接を受けたよ。何度も何度も、不採用通知が幾度こようがお構いなくな。その間、波奈乃は大学で語学を学んでいた。将来、海外で働きたいって言ってたからな。そんな時だよ。波奈乃から別れを切り出されたのは」
矢野がスっと赤木を指差す。
赤木がおじろぎ、後ろに下がる。
「婚約者に、兄貴と結婚したいから別れてくれって言われた、あの時の俺の気持ちがお前に分かるか?」
一歩、また一歩と赤木に近付く。
「結婚した兄貴は波奈乃ん所に婿入りして、親父たちの期待は一気に俺に来た。結婚して赤木家を継げ。継がなければ勘当するって詰め寄られてな。何で兄貴のせいで、俺が責められなきゃならないんだ?おかしいだろ?」
赤木の胸ぐらを掴んだ矢野は首を傾げ、まるで幼子のように尋ねる。
心底、分からないというふうに。
「兄貴を恨んだよ。兄貴がいなけりゃ、俺はもっとマシな人生だっただろうって。可哀想だろう、俺。極めつけは圭太だな。家族がひとり増えましたって年賀状が来た時は、兄貴諸共殺してやろうかと思ったよ」
ハハッと乾いた笑みを漏らした矢野は、すぐ横の壁を力任せに殴った。
耳に響いて、思わず肩を跳ねあげる。
「大丈夫か、元博」
「ああ。ちょっと驚いただけだから」
蓮に肩を竦めて応える。
音に敏感なこの耳は本当に厄介だ。
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