現状の打開4-3

「それにしても、壁の修理しねえとな。めんどくせえったらありゃしねえ。壁紙を張り替えるのだって、どうせ俺の仕事だろ、兄貴」


「いや、部屋ごと封鎖する。どこに血が飛び散っているのか分からない以上、足も踏み入れたくない」


「おいおい。遺品とかどうするつもりだよ」


  兄弟の言い争いに、カチリとピースが嵌る音がした。


  この推測が事実なら、逮捕にまで持って行けるかもしれない。


  だが、最後のピースがまだだ。


  もうひとつ、決め手が必要だ。


「痛ったあ!」


「びっくりした。僚真?」


  突如として聞こえてきた神崎の声に、元博が眉をひそめる。


  現場を調べていたはずだが、何かトラブルだろうか。


「驚かせて悪ぃなァ。神崎が割れたガラス踏んでェ、怪我しただけだァ。気にすんなァ」


  ひょこりと顔を出したヒロと神崎。


  ヒロの肩を借りている神崎は右足を上げ、深深と突き刺さった小さなガラス片を見せつけてくる。


「まさか、俺の部屋に入ったのか?」


  ガタリと腰を浮かした矢野に対し、少々バツの悪そうな顔で笑う神崎。


  現場にいたんじゃないのか?


「気になることがあって、調べさせてもらいました。ちゃんと警察の許可は取ってありますのでご心配なく。物も、元あった場所に片してありますから」


「ふざけんな。なんの権利があってそんなことを」


「申し訳ありませんね、矢野さん。これも事件解決のためには必要不可欠なもんで。許可を出したのは俺なんで、ご了承くださいな。貴方の部屋にあったものでこのボウズが怪我をしたところで、貴方が傷害の罪に問われる心配も無い」


  ニヤリと笑った橋爪が寄ってくる。


「とりあえずそこ座れェ。ガラス抜いてやっからよォ」


「九重達もごめんね。聞き込み中だったのに」


「別に。大体の推理は固まってきたから。ちょっと煮詰まってたとこだから逆に有難え。ちゃんと手当はしてもらえ。傷口感染して死んだら元も子もねぇだろ」


  話をしながら、ヒロの動きを見る。


斜め掛けしたボディバッグからガーゼと大判の絆創膏を取り出し、ピンセットで勢いよく神崎の足裏に刺さったガラス片を引き抜いた。


「痛っだ!」


「うるせェよアホゥ」


  ガラス片をガーゼに包む。


「早いとこ止血しねェとヤバいなァ」


「ちょっと待てヒロさん!」


  神崎の止血をしようとしたヒロの腕を掴む。


  まさか、有り得るのか……?


「いきなりなんだよテメェ」


  訝しげに眉をひそめるヒロを無視し、神崎の足を注視する。


  ツゥーッと滲み出す血液。


  徐々に増えていく赤色。


  そういうことだったんだ。


「もういいか?」


  面倒そうなヒロとは対照的に、神崎が嗚呼と呟く。


「もしかして、そういうこと?だからあの部屋に違和感があった?」


「お前も気付いたか、神崎。間違いない。これなら時間なんて関係ねぇ」


「声は?僕でさえガラス片で叫んだのに」


  そうだ。


  まだ、あれを確かめていない。


「現場に行ってくる。おっさんでも橋爪でも、どっちでもいい。元博を借りる。監視役としてついてこい」


「待て蓮!おい!」


  元博の手を取り、現場に勇む。


  声の様子だと、ついてきているのは宮野の方か。


  現場に足を踏み入れ、元博の方を見る。


  いきなり連れてこられ、少々戸惑っている様子だ。


「急に悪ぃ。でも、これの確認にはお前の方が適してる。俺じゃ区別が難しいんだ」


「必要なことなんだな。真実を明らかにするためには」


「ああ」


  コクリと頷く。


  これが証明されれば、この事件は解決出来る。


「蓮。急に飛び出すんじゃない。いったい、なんだと言うのだ」


「最後のピースが埋まる。やっとな」


  拳を固め、壁をノックする。


  二度三度、確かめるように。


「音を覚えたか、元博」


「え、ああ」


「よし。次行くぞ」


  次は矢野慎の部屋だ。


  比較するには、その部屋しかない。


「詳しく説明せんか。元博くんも困惑しておるだろう」


「ちょっと黙ってろ」


  矢野慎の部屋の壁を、さっきと同じ要領で叩く。


  二度三度と。


「あ……れ……?」


「元博、どう思う?」


「赤木さんの部屋に行かせてくれ。多分、それではっきりする」


「おう」


  宮野に案内してもらう。


  ひとり困惑している宮野に、懇切丁寧に説明してやる暇は無い。


「最後だ元博。よく聞いてくれ」


  二度三度、慎重に壁を叩く。


  正解であってほしいと祈るように。


「うん。分かったよ、蓮。違っていたのは、矢野さんの部屋だけだ」


「そうか。ありがとう。これで分かった。犯人は矢野慎に間違いない。これは揺るぎない事実だ。元博の潔白が証明される。真実を白日の元に晒す。戻ろう、元博、おっさん」


  パズルは埋まった。


  冤罪は許さない。


  探偵として、真実を明らかにする。


「力を貸してくれよ」


  胸の桜を握る。


  何度経験しても、この瞬間は慣れない。


  人ひとりの人生を、俺はこれから狂わせるのだから。

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