現状の打開4-1
気が重い。
探偵としての評価を項目ごとに五段階で表すなら、聞き込みは一か二であること間違い無しだ。
「そのような顔は、俺以外の前では止めておけ」
「うるせぇな。聞き込みなら、おっさんがやればいいだろ」
言ったところで聞き入れては貰えないことは百も承知だが。
重い足取りでリビングに向かう。
警察相手に啖呵をきった以上、後戻りは出来ない。
「橋爪、ちょっといいか……っと、すまん。電話中か」
「もう終わった。お前んとこの金髪ボウズからだ」
リビングに足を踏み入れると、多数の目が向く。
疑問、敵意、困惑、憎悪、期待。
混ぜ返された感情にたじろぐ。
「蓮?」
「元博、大丈夫か?なんかされてねぇか?」
「大丈夫だよ。思いのほか、悪くない。とはいえ、大多数が俺が犯人だと思っていることは、変わらないようだけどな」
特に赤木さんはそうだろうという元博の意見には同意する。
息子が殺されたんだ。
憎むべき対象がすぐ近くにいる以上、憎むなという方が無理な話だ。
「警察は何をしているんだ。早くそいつを逮捕してくれよ」
「まあまあ、兄貴。あと三〇分の我慢さ。どうせ、この男が犯人なのは間違いないんだぜ」
「推定無罪の原則」
ポツリと呟かれたのは誰の言葉か。
出処を探る。
「橋爪さん?」
元博の言葉に目を剥く。
「有罪が確定されるまで、何人も無罪とされる原則です。お辛いでしょうが、まだお待ちください」
「全員を有罪とみなす捜査をするお前さんが言えたことか」
「探偵法を行使された以上、警察は探偵に従わなけりゃならねぇ。お前らが鹿野元博を無罪だと主張するのなら、俺もそれに従うさ。責任はお前ら探偵側にのしかかるがな」
分かっている。
許可証を掲げた時点で、覚悟は出来ている。
「探偵法第六条。冤罪を生み出すことは許されず。万が一の場合、許可証を没収されても構わねぇよ。そんなことにはさせねぇけどな」
「時間が無い。蓮、聞き込みをするぞ」
「はいよ」
橋爪との問答はお預けだ。
気合いを入れ直す。
俺の一挙一投足が、幾多もの人生を左右させる。
「ひとまず元博、ここに来てからのことを詳しく教えてくれ。何度も説明してるだろうに、申し訳ねぇ」
「謝るなよ。それがお前の仕事だし、そのおかげで俺の冤罪が晴れるんだぜ。喜んで協力するさ」
ヒョイと肩を竦め、苦笑気味な表情の元博。
早く事件を解決して、こんな血生臭い場所から連れ去らなければ。
「俺は虹の仮入社の仕事でここに来た。ここに来たのが、十三時半過ぎ。部屋の掃除をしながら、お前にメールを送ったり、留守電を入れたりしてた。矢野さんに一五分後に圭太くんを起こしに行けって言われて部屋に行ったのが一五時一〇分過ぎで、そこで遺体を発見した」
「なんか音とかは?」
「全然。物音はおろか、足音さえもほとんど聞こえないんだ。僚真の声でさえ、扉越しでは聞こえない。赤木さんの部屋と圭太くんの部屋にいる時は特にな」
元博が聞こえないのなら、相当の防音性がある。
元からなのか?
「ここ、そんなに防音性が高いんすか?」
赤木に向かって尋ねる。
「そうでもない。私の部屋くらいだ。慎が仕事を辞め、ここに住む前まで、在宅勤務だった。圭太は物静かな子だが、仕事に集中するために私の部屋のみ、防音シートで防音性を高めたに過ぎない。圭太の部屋については知らないな」
「なぜ在宅勤務を?」
「四年前、妻が海外での仕事が決まってな。家で圭太の面倒を見るために、在宅勤務に切り替えたんだ。保育園は定員超過で預けられなかった。半年前から、虹に依頼して圭太の面倒を見てもらっていたのだ」
そういえば妻の波奈乃は海外で通訳士をしていると、僚真が言っていたな。
圭太の部屋にも防音性を高める何かがあったのだろうか。
「矢野さんも犯行推定時刻、この家にいたんすよね。何してました?」
「俺のことを疑ってんのか、テメエ」
「形式的なもんなんで。捜査に携わる者として、間違いを犯す訳にもいかねぇんすよ」
眉を下げ、意識的に弱った顔を引き出す。
自分を下に見せることで、相手の口を滑りやすくするのだ。
兄弟喧嘩で培った技術が、探偵として役に立つとは夢にも思わなかったが。
「警察にも言ったけど、ダチと電話してたんだよ。通話履歴だって残ってる」
矢野の携帯を拝借し、通話履歴を確認する。
濱江という人物との、一四時五分から一時間五分の通話履歴が残っていた。
圭太の死亡推定時刻は一四時から一五時の間。
一見、アリバイはあるように思える。
気になるのは通話時間。
「何を話してたんすか。一時間以上も」
「仕事を斡旋してくれるって言うから、その話。あとは世間話だな。濱江は高校のときからのダチだからな。たまに電話くれんだよ」
「濱江なる人物には確認済みだ。齟齬は無い」
耳元で囁かれた宮野の言葉に軽く頷く。
相手方の証言がある以上、疑うことの方が稀有か。
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