始まりはいつも雨2-2

「そういえば、あの子たち遅いわね。何かあったのかしら」

「どうせ神崎がァ、アイツを振り回してるんすよォ、真子さん。そのうちにィ、帰ってくるでしょォ、子どもじゃないんだしィ。あ、片方は子どもかァ」

知らない第三者の声。

だがその声は間延びし、幾分か不明瞭だ。

不思議に思って振り向くと、緑色のヘッドフォンをした若い男が気怠げに入ってきた。

若いとはいえ、蓮や元博よりは歳上のように見える。

真子はクスリと笑って言葉を紡ぐ。

「あら、五十嵐くん。珍しいわね。依頼が無いときにこっちに降りてくるなんて。何かあったの?」

「さっき神崎からァ、メールが来たんすよォ。仕事が終わったからァ、資料を出しておいてくれってェ。帰ったら報告書を纏めるみたいっすわァ。そんなことよりィ、こいつらはァ?」

怪訝そうな顔でこちらを睨みつけてくる男にムッとする。

態度の悪い男だ。

取りなすように大五郎が声を上げた。

「昨日話をしただろう。九重蓮くんと鹿野元博くんだ」

「ああ、こいつらがァ。アイツのお眼鏡にィ、適う相手かねェ」

「なんだテメェ」

バカにしたような口調に、思わず悪態が口に出る。

この喧嘩っ早い性格も、そろそろ直すべきだろうか。

「従業員のォ、五十嵐だよ。別にお前ェらが同僚になろうがなんだろうがァ、俺には関係ないねェ。興味も無い。結果を受け止めるだけェ」

シッシッと手を払う動作に、カッと頭に血が昇る。

バカにしやがって。

「そもそも俺は、ここで働く気はねぇんだよ。勝手に話を進めるんじゃねぇ」

「だからァ、俺ェにはどうでもいいことだよォ。こっちはァ仕事してんだからァ、邪魔するなよォ、九重蓮」

フラフラと覚束無い足取りで室内を歩き回る男に、なんだかソワソワする。

自分には関係ないはずなのに、こういうところで職業病が出てしまう。

「ヒロくん、座りなさい。資料なら私が探そう。例のファイルの中だろうから。本調子では無さそうだな。雨も降っていることだし、寝不足も祟っているのだろう?」

「ただのォ寝不足なだけっす。三徹くらいィ、慣れてるんすよ。いつものことっすから、お気になさらずにィ。それよりィ、そいつらと話しなくてェ、いいんすか?」

目当ての資料が見つかったのか、離れた場所にあるソファーに寝転がった。

なんだか自由な男だ。

大五郎は五十嵐の所業に、申し訳なさそうに苦笑する。

「済まないね。彼は少々、大雑把な人間でね。気に障ったのなら謝ろう。だが、腕は確かだ。頼りになる」

「お言葉ですが、俺はやっぱり働けません。何でも屋の仕事は、人の役に立つことばかりだ。俺にはそんな資格は無い」

「ここで働くのに、そんな大それた資格は必要ないさ。私は真子からキミのことを聞き、スカウトしようと話し合った。キミの力が欲しいのさ」

そうか。

この人は、俺のあの資格に期待しているのか。

期待したところで、無駄だと言うのに。

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