始まりはいつも雨1-3
自宅から徒歩五分。
「おはようございます、店長」
「おはよう鹿野くん」
元博がレジについたのを確認し、イートインスペースでいつものようにコーヒーを啜る。
決して繁盛しているとは言い難い、都会の端の方に位置する寂れたコンビニエンスストア。
幼い頃からの蓮と元博の溜まり場で、今では元博のバイト先になっている。
店に来て一時間。
蓮以外の客が来店したのは確認していない。
一度、トイレを借りに来た非常識な人間が入ってきただけだ。
あの客は、ときどきトイレだけを借りに来るが、せめて何か買おうとしないのだろうか。
「閑古鳥が鳴くってのは、こういうことを言うんだろうな。雨だからっていうのを抜きにしても、この店は寂れてるねぇ。煙草は未入荷、ジャンクフードはそもそも作ってないし」
先程よりは雨足が弱まってはいるが。
客がいないことをこれ幸いとばかりに、イートインスペースのテーブルを拭くふりをして蓮と話をする元博に向かって、からかうように呟く。
顔を顰めた元博は蓮の頭を小突いた。
「店長に失礼だぞ」
「お前のことが心配になる。いい加減、バイトじゃなくて職に就け」
高校生の頃から一〇年以上、元博はここでバイトを続けている故か、どの店員よりも歴は長いが、一度くらいはバイト生活を脱してもいいはずだ。
「店長だからって敬語を使う必要はねぇだろ。お前が先輩なんだから」
地位だって、元博が店長でもおかしくないくらいなのだ。
「ケジメってやつさ。まあ、今の店長の面接したの俺だけどな。店長は正社員だけど、俺はバイトだし」
「せめてお前がバイトリーダーなら、俺だってこんなに言わねぇよ。けど、それですら別のヤツだろ。おかしくねぇか?」
「そうか?」
我関せずといった風に乱れた雑誌を並べ直す元博にイラッとくる。
マイペースなのは良いことだが、度が過ぎれば短所となり得る。
「俺は不満を持ってバイトをしているわけではないからな。実際、シフトの融通が効くのは便利だよ。好きなときに休める。それに、俺がバイトリーダーなんて出来るわけが無い。蓮だって、それは分かっているだろう」
「シフトを組んでるのはお前なんだから、融通が効くのは当たり前だろ。お前ほどの人間が、こんなところで燻ってたって仕方ねぇぞ」
ああ、こんな話は前にもしたな。
あのときも、元博は静かな笑みをたたえるだけだった。
他人がとやかく言ったところで、一度固めた元博の意志を曲げることは不可能に近い。
「俺が就ける職なんて限られている。ここでバイトをする方が安泰だ。俺はお前みたいには出来ないさ」
「鹿野くん、レジ行って」
「はい。おまたせしました、お客様」
長々と喋りすぎたか。
窓から見える駐輪場に目を向け、残った氷をガリガリと齧る。
ほのかにコーヒーの味がする。
手持ち無沙汰になり、メールのチェックをする。
ドタキャンはしないで欲しいという念押しのメールが午前中に来ていた。
音の外れた間抜けな、来店を告げる音楽。
何の気なしに見つめると、オドオドとした様子の、地元の中学の学ランを着た少年が入ってきた。
初めて見る顔だ。
学校帰りだろうか。
「怪しいな」
経験上、何か仕出かす様子が見える。
要注意だな。
レジ対応をしている元博も、おにぎりの品出しをしている店長も、少年の様子に気づいていない。
そもそも、店員が二人しかいない状況がおかしいのだが。
少年は辺りを忙しなく見回し、震える手で雑誌を掴んだ。
「分かりやすいヤツだ。向いていない」
ゴミ箱にコーヒーの空容器をポイッと投げ捨て、そそくさと店を出ようとする少年の腕を強く掴む。
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