始まりはいつも雨1-2
「起きろよ、蓮」
乱暴に身体が揺すられる。
アイツはいつの間にか、目の前から消えていた。
今日はここまでか。
明日もまた、同じ夢を見るのだろうか。
「うるせぇ。勝手に入ってくんな。どうやって入りやがったんだ、お前」
仕方なく、目を開けて身体を起こす。
額がじっとりと濡れている。
例に漏れず、今日も魘されていたようだ。
「もう昼は過ぎてるぜ。少しは陽の光を浴びなよ。引きこもっていてばかりだと、身体を壊してしまうぜ」
「人の質問に答えろよ、元博」
幼馴染みの鹿野元博に雑な手付きでタオルを投げ渡され、ますます機嫌が悪くなる。
再三、勝手に部屋に上がるなと言っているのに。
いい加減、鍵をかけるべきだろうか。
それとも、渡している家の合鍵を返却してもらうのが先か。
「陽の光を浴びろって言ったって、外は大雨じゃねぇか」
「例えばの話だよ。そんなことより、お前の母さんに頼まれたんだよ。今日はまだ部屋から出た様子が無いから、まだ寝てるはずだ。様子を見るついでに起こしてきてくれって」
「余計なことしやがって。お前、バイトは」
日曜日を除いて元博は、ほぼ毎日をバイトに費やしている。
「一四時から。お前も来るんだろ。せめて、何か食べよう。ファミレスでいいか?」
奢るよと言われるが、首を横に振る。
食欲は湧かない。
必要なら適当に食べる。
今は勿体ないことになる。
「お節介も大概にしろよ、お前。兄貴でもねぇくせに。同い年だし、誕生日も俺の方が早いんだからな」
「けれど、幼稚園から二〇年以上の付き合いだ。世話くらいは焼かせてくれ。罪滅ぼしってわけでもないのだけれどな」
話半分に元博の言葉を聞き流しながら、いつものように適当なトレーナーに袖を通し、適当なズボンに足を入れる。
持ち物は財布と携帯さえあれば事足りる。
仕上げに眼鏡をかければ用意は万端だ。
「じゃあ行こう、蓮」
「メシは食わねぇ。このままコンビニに行く」
「分かった。じゃあせめて、イートインスペースでコーヒーくらいは飲んでくれ」
玄関に向かうには、母がいるリビングを通り過ぎる必要がある。
気付かないでくれ。
どうせまた、グチグチと嫌味を刺すだけなのだろうから。
「いつもありがとうね、元博くん。蓮、お礼言いなさいよ」
「うるせぇ。頼んでねぇし」
願い虚しく、母にそう咎められる。
悪態を吐いて、苛立ち紛れに壁を小突く。
何か言いたげの元博を無視し、履き古したスニーカーに足を通す。
「まったく、乱暴なお兄ちゃんだこと。あの子にちっとも似てやしない」
何気なく呟かれた言葉に虫唾が走る。
結局、俺ではなくアイツが生きている方が良かったんだ。
俺だってそう思うさ。
「うるせぇって言ってんだろ、母さん。俺の前でアイツの話をするな」
「待てよ、蓮。すいません、お邪魔しました」
後ろから着いてくる元博に肩を捕まれ、たたらを踏む。
俺よりチビのくせに、力だけは強い。
「あんな言い草は無いだろ。お前のことを心配してるっていうのに。それと傘。風邪引くぞ」
「余計なお世話だ。このお節介め」
母さんも元博も、俺のことを一体幾つだと思っているのだろう。
あんなことがあったとはいえ、俺ももう成人して八年経つというのに。
溜息を吐き、傘を差して歩く。
「お前、今日は夜までか」
「違うよ。今日は一四時から一六時までさ。着いてきて欲しいってお前が言うから、短縮にしたんじゃないか」
「ああ、今日だったか。めんどくせぇな」
あまり外に出ないため、日付の感覚が無い。
今日が約束の日だったのか。
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