第6話 純粋な恋は咲く季節を待つ
「だからってなんでコミケなんだよ!!」
女性向けジャンルのキャラをコスプレさせられた僕はとあるペースで叫んでしまった。
「生エビ、叫ぶ暇あるなら手伝いな」
人気女性向けゲームの男性キャラのコスプレをした正子さんがバシッと僕の背中を叩く。
「正子さん、僕は生エビじゃないです……」
会場に届いていたダンボールから本を取り出すと同人誌や写真集がぎっしり詰まっていた。思わず何も見なかったことにしたくて閉じてしまう。
「あらあら~ボクには早すぎたかしら」
「ママみ」という言葉が今まで見てきた誰よりも似合う人妻感溢れる同じくゲームのコスプレをした女性……正子さんの友達でペンネーム「テトラ猫」さんが心配そうにけれど、楽しそうに声を掛けてくる。
「テトラ姉御! 今日も綺麗っすね!」
「綺麗だなんて恥ずかしいわ~! トーカちゃん」
いやいや、その容姿で姉御ってどういうことなんだ。僕は心の中でツッコミを入れながらペースの準備を手伝う。ああ、本当なら今頃僕は秋にいの手伝いを兼ねて東京観光をしていたはずなのに。
こうなったわけは一週間前に遡る。
「姉貴! 足らず連れて来たぞ!」
僕は中島の家に連れて行かれてそのまま、中島のお姉さん……正子さんの部屋に放り込まれた。そして、すぐに部屋の外に放り出された。
「勝手に入ってくんじゃない! トーカ!」
「だって、姉貴が誰でもいいから男装に合うやつ連れてこい言ったよな!」
扉の向こうで中島姉妹が喧嘩をしている。部屋の中の人が男装していたのは幻なのか、それとも……。
「だからって男連れてくるか!」
ガチャリと扉が開けられる。勢いよく踏み込んだハイヒールが畳の床にめり込んでいる。
「うん。まあ、素材はいいな」
「でしょ! 顔は生エビだけど」
正子さんの第一印象は男装の麗人だった。背の高い、モデル体型をしている。服もファンタジー系で、母さんが好きな宝塚みたいだ。この特徴的なメイクはもしかして……。
「コスプレイヤーですか?」
「ん? そうだけど。で、イベントに出てくる予定の売り子がドタキャンして……。まさか、トーカ!」
「な、なによ!」
「こいつ一般人か!」
一般人という呼ばれ方にもしやと思った。部屋の壁や棚を見るとますます理解出来た。この人、腐女子だ。棚の中に薄くて大きい本がある。あと、ポスターが最近有名な乙女ゲームのものだ。フィギュアも飾っているけど、ポーズがイチャイチャさせている。
「あの、僕一応売り子したことあるんで、コミケとか知っています」
ギャルゲ作っている兄について行っただけですけど、というのは黙っておいた。勘だけど、この人は秋にいと似ているようで真逆の人間だ。
「ふーん。生エビなのに」
「生エビですが……」
なんで生エビがここで関係しているんだろう。
「じゃあ、売り子頼んだ」
売り子……売り子……それはコミケに参加ってことで。僕はとうとう女性向けにも参加してしまうんだ。ただの男子高校生なのに。
そんなかんやで僕はこうしてコスプレをさせられて売り子をしている。服は正子さんのお手製だ。どうやら仕事が手芸店の店員らしく、服を作る機会が多いとのこと。
秋にいと言い、正子さんといい、マルチだよな……。
「……斎藤君」
「杏ちゃ……藤塚!?」
振り向くとそこには杏ちゃん、じゃなくて杏ちゃんのコスプレをした藤塚がいた。
「ナッツー可愛いだろ」
得意げな正子さんと対照的に藤塚は恥ずかしそうにもじもじしている。
「いや、このゲームギャルゲですよね!?」
あ、ギャルゲをしているのがバレてしまった。杏ちゃんルートは王道だからまだ隠せるかもしれない! 僕は言い訳を探しているとテトラさんがのんびりと言った。
「それ、私の趣味よ~」
「ええ!?」
この人、雑食なんだろうか。羊とか、草食動物みたいな顔しているけど意外。
「テトラはキャラが攻略できるなら女性向け、男性向け問わず食うからな。今回の写真集の中にもこのゲームのコスプレもあるから良ければ買っていけよ」
「うふふっ。私の新刊、今回は全年齢向けだからボクも買えるわよ」
今回はってことは普段は成人向けなんだろうな。僕はあ、ハイ、と簡単に返事をしておいた。
「ナッツー! 生エビ! 始まるわよ!」
中島の威勢のいい声でコミケはスタートした。初日なだけあって人買いに来る人は多く、中にはサークルのファンの人が差し入れを持ってきてくれた。
「いらっしゃいませー! 新刊あります!」
「おひとつ、五百円です! ありがとうございます!」
なんてバタバタしていると僕に声をかけられた。
「えっ、もしかしてハル君?」
「その声はまさか秋にい?」
秋にいだ。確か、サークル仲間に頼まれて戦利品集めを手伝うって言っていた。なら女性向けが開催されている初日にいてもおかしくない! 迂闊だ。忘れていた。
うう、恥ずかしい。実の兄にコスプレ……しかもショタ系キャラのコスプレを見られるなんて。
「ハルく~ん! コミケに出るなら言ってくれればいいのに!」
秋にいはどこでも相変わらずだ。僕をギューギュー抱きしめてくる。その光景に中島姉妹はドン引きしている。テトラさんは小さく拝んで「この兄弟アリだわ」と、呟いている。アリって、やめてください!!
「僕、三日目に参加するサークル名『しーふーどん』のSAINTイルカで、春斗の兄です~」
落ち着きを取り戻した秋にいはサークル名と活動名を名乗った。このサークルで活動している人はそれぞれの推しに関わる名前から取ったらしい。
「斎藤君のお兄さん! お話は聞いてます」
藤塚だけは笑顔で話かける。秋にいはすぐに分かったのか、ああっと頷いた。
「杏ちゃんだね! ハル君から話は聞いてるよ~」
だめだ。秋にいは人の名前を覚えるのが苦手だった。
「はい! 杏ちゃんです!」
藤塚はやっぱり大妖精だ。優しすぎる。いや、もしかすると分かっていないのかもしれない。でも、分かってない方が平和だからこのままで。
「こんにちは~。サークル名にゃ~る2のテトラ猫です」
「アタシはサバ猫だ。よろしくお願いします」
二人とも挨拶が丁寧だ。正子さんは中島をビシッと叩く。凄い痛そうな音が出てた。
「はい! アンタも挨拶!」
「……トーカです。サバ猫の妹です」
そして小さく「生エビの兄貴はイルカ」とぼやいた。けれど、秋にいは臆することなく売っているものを見る。
「へえー写真集と小説なんですね!」
「はい! 私が小説で、サバ猫は写真集出しています! 今回は純恋の撮影も収録してます」
そういえばよく見たらテトラさんのコスは純恋の三作目で出てくる主人公の近所のお姉さんだ。確か、秋にいの推しだったはず。
「純恋、名作ですよね! 2000年代初期はギャルゲ、乙女ゲ共に名作ぞろいですし」
「イルカさん相当なゲーマですね!」
うちの兄はプレイ総数三百は超えているんで。でも、ゲーマーって総数何本からゲーマーの称号がつくんだろう。
「斎藤君のお兄さんは今回、何を作ったんですか?」
藤塚、聞いちゃあいけない。うちの兄は……。
「ゲーム作ってますね。今回はギャルゲです」
ギャルゲと聞いてテトラさんの目が光る。それこそ猫みたいに。さすが攻略できるゲームは何でも食べる雑食だ。
「ギャルゲ! 攻略が出来ますね~! サバ猫! 三日目行きましょう~」
「いいけど……」
ああ、正子さんが悩んでいる。そうだよな、正子さん乙女ゲ派だし。
「でも、姉貴『ギャルゲはぜってぇ相成れない!』って言ってたじゃん」
不思議そうに呟いた中島の声で、ピキッと空気にひびが入る。こうなるとわかっているから会わせたくなかったんだよ。絶対この二人は、ギャルゲと乙女ゲそれぞれ極めているけど、相容れないタイプのオタクだから。
「そうなんですね。じゃあ、新刊一部ずつ下さい」
「ありがとうごさいます。三日目、立ち寄りますね」
けれど、二人は大人のオタクだ。礼儀は果たすし、理解はする。でも、相容れないのが空気で分かる。
僕は慌てて秋にいに声を掛けた。
「秋にい! サークルのみんなが待っているでしょ」
「今はサークル仲間に頼まれたのを探していただけだよ」
じゃあね~と、秋にいは同じサークルに二人いる女性陣の戦利品を買うのを手伝いに戻っていった。僕も打ち上げでその人たちとは話したことがあるけど、雑食系の絵を描くタイプのオタクだった。
「しーふーどん……しーふーどん」
正子さんが秋にいのサークル名を反芻している。
「どうしたの、サバ猫」
「いや、聞いたことある名前だったなっと。しろほタテさんのシャケッターだったかな」
「しろほタテさん、しーふーどんではイラスト担当してますよ」
しろほタテさんはさっき戦利品を頼んだ女性陣だ。ホタテが好きで、お寿司で五皿はホタテを食べる。というか一番食べる。けど、正子さんに負けない細さの健啖家だ。
「あら~! サバ猫、しろほタテさんの大ファンじゃない。明日会えるわよ」
「しろほタテさんが描いているゲームが人気なのは知ってたし、なんか聞いたことあると思ったら……アンタの兄さん、ギャルゲ界では有名なサークルじゃんか」
「マジか……」
秋にいって何者なんだ……。普段はエンディング回収で徹夜してる三十路手前なのに。
「じゃあ! そろそろアンタらも休憩だ!」
時計を見るともう三時間も経っていた。コミケは暑いし、コスプレも熱がこもるから適度に休憩を取った方がいいという判断だろう。正子さんは口調はきついけど優しいのかもしれない。
「夏乃ちゃんと、生エビくん、いってらっしゃい~」
「姉貴の機嫌が変わらないうちに行け!」
僕と藤塚はグイグイと売り場から追い出される。心なしかテトラさんは楽しそうだ。もしかして、僕が藤塚のこと好きだってあの三人は知っているのか……。
誤解を解くのは僕の役目? 自分が招いた結果は自分で回収しないといけないけど、さすがに気まずい。でも、杏ちゃんの格好をしている藤塚を一人にさせれない。今日がいくら女性向けジャンルの日で女性が多いとはいえ、コスプレエリアでは撮影をする人だっているわけだし。
「藤塚、えっと、休憩しようか」
藤塚はこくんと頷く。純恋の杏ちゃんの仕草と一致してどきりとする。じゃなくて! 今はときめいている場合じゃなくて! 早く藤塚を日陰に連れて行かないと!
僕は藤塚を庭園の日陰に連れて行く。猛暑の屋上展示場よりは、断然いい。
純恋でもこんなシーンあったなあ……。一回は喧嘩するんだけど、こんな感じで二人で並んで。主人公と一緒に話をするって言う。結局エンディングはまだ回収できてないけど。
じゃなくて! 僕は誤解を解かないと!
「あ、あの藤塚……」
僕の声は藤塚の声に掻き消えた。
「あのね! 本当は別のキャラだったの」
「えっ」
なんの事だろうか。別のキャラ?
「コスプレ、なんだけど」
「あ、うん。杏ちゃんにしたんだね」
可愛いよっという言葉が喉まで出かかって飲み込んでしまう。我ながらにヘタレだ。ギャルゲなら選択肢が出てきて、藤塚を褒めれるし、誤解も解けて。もしかすると、告白だって出来たかもしれない。でも、僕にはあと一歩勇気が出なかった。
「斎藤君が杏ちゃん推しって話してたの聞こえたんだ。杏ちゃん、可愛いよね。胸も小さいし」
達樹に話しているのを聞かれてたんだ。好きな子に推しがバレてしまうのはこの上なく恥ずかしい。しかも、僕が貧乳派なのもバレていた。衝撃が半端ない。小さい頃に衝撃過ぎて泣いたドラゴンがタワーにぶっ刺さったエンドよりショックが大きい。
いや、こんなこと考えている場合じゃない……。場合じゃないのに……。
僕が何も言えずにいると、藤塚は俯いたまま続ける。
「正子さんに頼んでまで、急に変更して……。なんで、このキャラにしたんだろう。こんな巨乳の私がおかしいよね……」
藤塚は勇気を出して僕に言ってくれているのが伝わる。おかしくない! 藤塚はかわいいよ! 似合っているよ! でも、僕は! たくさんの言葉が溢れては桜が散るみたいに消えてしまう。
「そんなことない!」
僕は気づいたら叫んでいた。
「僕は、そんな藤塚が好きだよ!」
心臓がうるさい。どんどん血流が早くなっている。なのに、手だけは冷たい。
藤塚は顔をあげる。ウィッグをしていないことに今更気づいた。いい香りがする。純粋な恋の匂い。咲く季節を待つ花のような。
口紅で彩った唇が動く。
その答えに、夏一番僕は頬が熱くなった。
神様はきっと暇人ゲーマー 五月七日 @tenkiame_am57
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