カレー風味なアイドル

@Liliynomori

本編

───ああああああああああぁぁぁあああぁ

ア"ア"ア"ア"ア"


嗚咽が止む。


───チックタックチックタックチックタック


壁の白い時計だけが、やけにやかましく、聞こえる。


 俺はアイドルをやっている。アイドルと言っても、Vtuberであるから、容姿端麗というわけではない。5人グループの一員として始めてから早いとこ、5年が経った。始めた当初は、アイドルに対して、Vtuberに対して、大きな期待を抱いていた。当人は知らない人の前で歌って、踊って、しゃべって、ゲームして、無理なく稼ぐ。リスナーも、希望を、勇気を、情熱を、笑顔を与えられる。これほど低コストで、大きなリターンが発生する職業はないと思っていた。

 当然、現実は甘くない。既にコンテンツが飽和している業界で、食っていくのは困難の連続であった。

 事務所が大きな企業ではなく、配信者と事務職の数が同じで、毎日投稿をするためには、動画編集も自分でやる必要があった。毎日投稿したとしても、動画は一万再生を切る。とても、生活できるほど稼げていなかった。加えて、アバターにかける初期費用も大きいため、動画編集が終われば、副業でコンビニバイトしていた。

 ようやく、登録者数が、10万を超えると、グループで初めてのオリジナル曲を作ることができた。

 そして、今でこそ、登録者数は百万人を超え、企業も大きくなり、それなりの生活をおくれている。

 

 俺は洗面所に向かった。立ち上がると、蹲っていた足が痺れて、フラついた。それでもなんとか、洗面所に辿り着く。

 鏡を見ると、目を腫らした少年が立っている。泣き疲れた目は瞼の上の線を失って、ぎらりと輝いている。誰なんだお前は、なんで、そんな疲れ切った目で俺を見てくるんだ。なんで、生きてんだよ。

 5年前、鏡を見ると、そこにはいつも、目を輝かせた少年が立っていた。希望に満ち溢れた目は自然と輝いて見えた。そんな少年は、もうここにはいなかった。


「返せよ、俺を、昔の俺を。」


 答えは帰ってくるはずはなかった。無造作に水道を開けると、水がじゃばじゃば出でくる。石鹸はどこにいったっけ、使い切ったのだろうか。面倒くさくなって、水洗いで済ます。タオルで顔を拭いていると、腹がグゥと鳴った。もう、3日も飯を食べていないことに気づいた。意識をしてしまうと、もう、腹が減って仕方なくなった。台所に向かいお湯を沸かす。その間に適当なカップ麺を取り出した。カレー味だった。

 カップ麺にお湯を入れた。スマホを取り出し、Twitterのサーチ欄にK(彼の名前をKとしておこう。)と打ち込む。


『Kくんおはよ!

 朝起きたら、K君で頭いっぱい(˶ฅωฅ˵)

K君に早く戻ってきてほしいな。』


 俺はアンチコメントによる、誹謗中傷に耐えられなくなって、アイドルを休止していた。


『死ね』


『キモい』


『殺すぞ』


『目障り』


 そんな言葉は日常茶飯事だった。リスナーの優しい言葉が、毛布なら、アンチコメントは刃だった。毛布をいくら巻いても、刺された傷は癒やされることはない。

 寝る前に、明日が来ないことを祈って、起きると絶望する。そんな日が続いている。オリジナル曲だったアラーム音も、俺のイラストだった、スマホの待ち受けも、全部、スマホのオリジナルに変えた。そのままにしていたら、それらが嫌いになりそうで怖かった。

 休止の延長で、いっそのことやめちまいたい。そんなことさえ思う。

 

 

『K君大好き!好き!好き!好き!

K君がいなきゃ、死んじゃうやばい

(´;ω;`)』


『K君元気かなぁ♡

 無理しないで休んでね♡』


『K君、自分のペースでいいからね!

 無理しないでね!

 大好きだよ!!、!!!!!』


 嘲笑が溢れる。見たことない人の好きとか、言う言葉に気持ちよくなっている。そんな自分にも、そして、『無理するな』とか、『戻ってきてほしい』とかいう身勝手なリスナーにも、気持ち悪くなってくる。

 数回スクロールすると、長文のツイートが出てきた。


『K君へ。活動休止と聞いて、このツイートをしています。私は彼氏にK君のことを教えてもらって動画を見るようになりました。彼氏はK君のことが大好きで、家でデートするときはいつも、K君の動画を見ていました。K君の誕生日には、私たちのそれぞれの誕生日と同じくらいお祝いしました。K君のファーストアルバムが出ると、その日にわざわざ、遠くのアニメイトまで出向いて、買いに行きました。〇〇(Kが所属するグループで)のライブでは2人して、行って、楽しい思い出を作ることができました。その日は2人で、K君のピンクを振りまくりました!後日筋肉痛になったんだっけ笑。そんな中、彼氏は病気になってしまいました。難病です。余命も一年と告げられて、病院生活を送っていました。髪が抜け、目が見えなくなっても、K君の配信は欠かさず聞いていました。彼氏にとって一番辛かったのはK君を見ることができないことだったみたいです。彼氏は死ぬ前も、K君のぬいぐるみを抱っこしていました。K君のぬいぐるみを抱いていると、辛そうな彼氏の顔も自然と綻んでいた気がしました。彼氏は先月亡くなりましたが、K君の声を配信を聴くと、彼氏がそばにいるようにすら感じます。たくさんの思い出をありがとう。K君、あなたはわたしにとって大切です。好きとか、嫌いとかじゃない、いてくれるだけで、大切です。長文失礼しました』


 俺は震えていた。多くの人が、『好きです』『やめないで』と、俺にいう。そんなこと、何万回も言われるより、『大切です』その一言に俺は強く動揺

 俺はスマホを置くと、カレーラーメンを啜った。

 そして、もう少ししたら、アイドルを再開してみよう、そんなふうに思った。

 伸びきって柔らかくなったカレーラーメンはいくらか、しょっぱく感じた。

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