逆行したら知ってるはずなのに全く記憶と違うんだけどとりあえず推しを推させてくれ

@natsuminn

目が覚めたら逆行とかよくある話だけどとりあえず現状を把握させてくれ

 疲れたなぁ。

 そう思って目を閉じる。

 深夜までパソコンをずっといじっている弊害である。


 まあそんなことはどうでもいい。


 早く仕事の続きをやらなければ。


 明日………いや、日付が変わったから今日か、は、有休を取っているんだ。

 早く帰って飯食って寝たい。

 21歳の女の子とは思えない発言だが、昔からこうなのだ。仕方あるまい。

 というか今までいた環境のせいだからどうか許して欲しい。

 自分の有休を仕事に捧げたくない。

 そんな思いから一度閉じてもうすでにくっつきそうな瞼を開いた。


 その瞬間目に飛び込んできたのは、見覚えのある場所だった。


『咲洲町立丘の上中学校』


 なぜ私は母校の前にいるのだ。

 さっきまで私は自分の職場にいて、目が疲れたからという理由で目を閉じ、くっつきそうな瞼をなんとか開いた筈だ。


 本当にそうだったのだ。

 そうだったはずなのだ。


 なら何故私は母校の前にいる!?

 ついにラノベの読みすぎで幻覚を見るようになってしまったのか!?


 私は今まであまりにも社畜で同窓会にも顔を出せずにいた。後輩たちにも部活にあとで顔出すよ、とか言っておきながら、仕事が忙しいからと言って一度も顔をだしていなかった。それによる癒しの不足でラノベで現実逃避をしたのが仇となったか。


 というかこれを周りに言ったら完全にヤバい奴認定されてしまうじゃないか、私。

 これをいま周りの人に言ってもヤバい奴認定されて人生が終わる気がする。


 私はこれからどうすれば良いのだろうか。

 全く分からない。


 とりあえず職場に帰ってみればいいのか?

 ぶっちゃけ今日は有休を取っていたし、ここで少し休んでいてもいいだろうか。

 そう思って考えるように俯くと、真新しい制服が見えた。

 ん?

 制服を着ているとか本当にあり得ないのだが?先ほどまでスカートなんて面影も見えないようなパンツスーツを履いていたはずだ。


 え?逆行?

 ………マジ?


 そんなふうに戸惑っていたら、馴染みのない声が私の名前を呼んだ。

妃伊奈ひいなちゃん!こっち向いてーー!」

 そう呼ばれた方向に振り向くと、携帯カメラの効果音が聞こえる。

「妃伊奈、入学おめでとう。

 お前は、俺たちに囚われず、好きにやれよ。」

 私は戸惑ったままだ。

 なぜ私は卒業生なはずなのにまた入学式を迎えているんだ。

 結構つまらないんだぞ、中学校生活というのは。

 私の場合はいい友人に恵まれた故のあの充実した日々だったが、一回だけ仲の良い友達が休んだことがあった。

 もともと隠キャ街道まっしぐらだった私に新しい友達を作ろうという度胸はなく、読書をして過ごしていた。

 あの時の一人ぼっちの恐怖は忘れたくない。

 とりあえず現状を把握しなければと、胸元についている名札を確認する。名札に書いてあったのは、『春夏秋冬ひととせ』だった。


 おいおい、春夏秋冬妃伊奈ってとんだキラキラネームだな。というか圧倒的な文字数にゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。

 学校のテストの時は名前書いてる時に30秒くらいかかってそう。きっとこの名字で苦労してきたんだな。

 というか私にはこっちの世界(?)での記憶がない。

 いつかふんわりと入ってくるのだろうと信じているが、そうではない可能性もある。

 どうやら私は引っ越してきたからこの中学校に通うことになっているようなので、幸いにも記憶を失っていることは絶対にバレないと思った。


 そして、前回同様クラス分けの表が張り出されていたピロティーへ行くと、案の定今回も同じ場所にクラス分けの表が張り出されていた。

 前回は3組だったから、逆行だったら今回も3組だろうなぁ、と思いながら3組の表を見る。しかし、私の名前はそこには無かった。


 逆行じゃないのか?

 もう一度見てみるも、やはり3組の表には私の名前どころか前回の私の知り合いの名前すら無かった。


 ここにきて、私の中で逆行ではなく転生説が出てきた。それだったらこんなにも前回と違うのはおかしいと思ったのだ。


 そして一組の名簿から見直していくと、一組に私は在籍していることになっていた。そして私はすぐに教室へと向かった。私としては一度経験しているので特に何ということもない。この後の展開を知っているからだ。


 そして私は教室に入り、自分の席に座った。

 転生であるならば私は今友達もいない悲しい人間だ。隣の席の人は誰だろうと思いながら隣の席の人の到着を待つ。

 その間は本を読んでいた。

 カバンの中に入っていた本は前世の私が関わりを持とうとしなかった投資について書かれている本だった。

 そして、しばらく待っていると隣の席の椅子を引く音がした。

 誰だろうと顔を上げると、私はとても驚いた。


 なぜって、彼は、私の逆行前の部活の先輩だったのだ。彼をみた瞬間、私は本当に逆行してしまったのだとわかる。

「はじめまして。俺は都邑とゆう帝伍だいご。隣の席だね。これからよろしく。名前はなんていうの?」

「っあ、はじめまして。春夏秋冬妃伊奈です。よろしくね、都邑くん。春夏秋冬って呼び捨てでいいから。」

「あ、俺も都邑って呼び捨てでいいよ。」

「じゃあ、よろしく、都邑。」

 そう、逆行後初めての友達が元先輩とは………運がいいんだか悪いんだか。というか、今気がついたが、私が前回よりも一個年上ということは、私の推し教師である止渇先生の授業は受けられないということでは?

 最悪じゃねえか。

 私の勉強のモチベーションは先生から来てたんやぞ?お?私の成績底辺に落ちるけどよろしおまっか?

 というおかしな日本語を繰り広げながら担任が来るのを待っていた。


 そして教室に入ってきた担任の先生は、止渇先生だった。

「皆さん初めまして。このクラスの担任になった止渇しかつ宏甫こうすけです。今年からこの学校なので皆さんと同じ一年生です。よろしくお願いします。」

 あ、今日もかわいい。

 久しぶりに可愛いところを見た。

 前世は卒業してから全くと言っていいほど会ってなかったからなぁ。


 って、危ない、一番大切な議題を見落とすところだった。私は前世でも叶わなかった止渇先生の担任のクラスになるという夢を転生してから叶えたのか。

 ………嬉しいけど複雑だな。

 まあいい。

 とりあえず彼のクラスを楽しもう。

 まずは入学式だけど………とりあえず話を聞いている風に終わらせよう。

 いつの時代も入学式は面倒なのだ。


 ******


 彼女の早すぎる死は、その死を代償に彼女の職場に勤めていた者たちを救った。


 彼女の死体を司法解剖に回した結果、過労が祟って死亡したことが判明した。


 故に、彼女の会社が労働基準法を遵守しない会社であることが露呈した。彼女に関わっていた俺たちが彼女の同僚たちを説得し、証拠を集め、といっても彼女は前々から証拠を揃えていたようだ。元々頭の良かった彼女らしかった。


 そして、彼女の二つ上の先輩である、弁護士となった諸福が訴訟を起こした。

 見事裁判に勝利し、賠償金を勝ち取った。

 俺たちは彼女の同窓会や部活に顔を出さなかったことの異常さに気が付かなかった。そこは俺たちの悪いところだ。


 彼女を異様に信用し過ぎていた。


 彼女も人間だというのに。


 それこそ彼女の両親が亡くなった時に、彼女を引き取っていればとか、親に言って保護してあげればとか、後悔を繰り返した。


 もう遅く、全てが終わった後で後悔しても遅いことは俺たちも分かっていた。

 まさに後悔先に立たず、といったところだ。彼女を見捨てたのは自分達だった。そんなことを考えながら、俺たちは今日も仕事をしている。


 彼女に夢を追わせてあげたかった。


 彼女を無理に大人にさせた、夢を諦めさせた、彼女の親を殺した、まだ捕まっていない殺人鬼を許さない。葬式後、そんな思いでやっとの思いで就職した仕事場をやめて、警察官になった者もたくさんいた。

 彼女は知っているだろうか。

 ここまで自分が好かれていたこと、慕われていたこと、彼女の同級生だけでなく後輩までその道を進んだ者もいる。


 彼女は俺が見た生徒の中で一番信頼を集めていた生徒なのに。


 その彼女を失ったのは、自分達が見捨てたせいだなんてそんな偉そうなことは言えないし、思わない。

 葬儀の後、そんなことを言った笹氣に、彼女と一番仲良くしていた嘉煕沼間と井馬流丘が言った。

「そんなこと言ったら、アイツなら怒ると思うよ。」

「それな。アイツのことだからさ、何自惚れてんだよ!って、私は自分でこの道を選んだんだよ!私ははなから助けを求めるつもりなんてなかったし、笹氣が私の人生握ってたとか自惚れないでくれる!?キモっ!!って言うよ。」

 彼が場を茶化すために渾身の演技で言ったその言葉は、本当に彼女が言いそうなことだったから、あまりにも彼女が言ったようなふうに言ったもんだから、全員が笑って、笑って、溢れた涙には気付かないふりをして、楽しく、楽しく笑った。

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