第5話

「え、なんで鍵が空いてるの? わたし鍵閉め忘れたっけ……?」


舞衣の困惑する声が聞こえた。それを聞いて、閉めてある部屋のドア越しに小さな声で雫は女性に囁いた。


「よかったです。まだ部屋に入ってないのに、もう驚いてくれてますよ!」


女性の返答はなかったが、また舞衣の驚いた声が聞こえてくる。


「わたし、部屋の電気消してなかったっけ……? ……え? え? 台所めちゃくちゃ料理した後があるんだけど……。 え? なんで? え? 怖いんだけど……?」


舞衣の足が止まった。部屋に入るのに躊躇しているようだが、そんなことは気にせず雫はクラッカーを持って、一緒に部屋の中で待機している女性に囁いた。


「行きますよ!」


女性からの返答はなかった。雫が勢いよくドアを開け、スマホで電話をしようとしていた舞衣に向けてクラッカーを鳴らした。


「お誕生日おめでとうございます! 舞衣さん!」


女性にもクラッカーは渡していたけれど、鳴らしたのは雫だけだった。舞衣がその場でペタリと床に腰をおろして、口をパクパクとさせながら、喉の奥から声を絞り出す。


「だ、誰……?」


「誰って雫ですよ!」


数秒の間があった。


「雫……、って誰……?」


舞衣の視線が雫から、今度は雫の横にいた、奨里のもう一人の彼女の方へと移っていく。


「あなたは、誰? 雫って人のお友達か何か?」


女性が思い切り首を横に振った。


「違う! 違うわ! わたしさっきこの人と初めて会ったのよ。本当はあなたに用があったんだけど、この雫って人があなたの親友って自称してたから、本当にそうだと信じちゃってたのよ! まさかそんな不法侵入してるなんて思わないじゃないのよ! わたしはあなたに文句を言いにきただけで、勝手に家に侵入して部屋を風船まみれにするつもりなんてなかったのよ!」


「不法侵入!?」


「わたしと舞衣さんは本当に親友ですよ?」


舞衣の驚きの声に続いて雫の落ち着いた声が聞こえた。


「……どういうことですか? ……え?」


女性が立ち上がって、ゆっくりと舞衣の近くに向かった。冷静さを欠いている舞衣の手を取って、立ち上がらせる。


「とりあえず、一旦ここから逃げるわよ!」


「え、ここわたしの家ですけど……。それに、そもそもあなたは誰ですか?」


「わたしは奨里の彼女」


「え? 奨里の彼女って……。え? 彼女はわたしですけど……。え? って、ちょっと待ってください。靴は履かせてくださいよ……!」


訳がわかっていない舞衣の手を引っ張って、女性は家の中から飛び出していった。舞衣が帰ってきて一瞬賑やかになった部屋は再び静寂を取り戻す。


「とりあえず、いっぱい驚いてもらえましたしサプライズパーティーは成功ですね!」


なんだか慌ただしい2人の様子を見守ってから雫は喜びを噛み締めた。そして、微笑みながら1本10円のボールペンを優しく胸元で抱きしめたのだった。

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親友からのサプライズパーティー 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji

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