あのまばたきの意味
柴田 恭太朗
見てはいけない
アノマバタキをご存じだろうか?
あなたは知らないはず、なぜならこれは本州から遠く海を渡ったところにある離島の、しかも一集落だけで密やかに用いられる言葉だから。
アノマバタキ、漢字なら「あの
かつてこの国で双子は忌み嫌われた。生まれ落ちた双子の一方は殺すか、他家へ養子へ出すのが通例である。それは日本書紀にも記述があるほど古くから根づき、江戸時代まで続いた因習だった。
しかし私の集落では今もなお独自の因習が残っている。双子が生まれると、そのいずれかをアノマに幽閉してしまうのだ。閉じ込めるだけならば良い。家の外に声が漏れぬよう、喉を焼き潰してしまうのだ。そのおぞましい所業にどのような故事来歴があるか集落の古老ですら知らぬ。ただひたすら、選ばれた者が
アノマに幽閉された子は声を出せぬため、家の者に用事があるときはアノマバタキを用いて部屋の壁を打ち鳴らす。
私がものごころついた時分には、双子の姉はアノマで暮らしていた。
最も古い記憶は三歳のとき。七五三の晴れ着を着せられた私は見せびらかしたい気持ちがあったのだと思う。ふだん近寄ることのないアノマに通ずる廊下へ向かった。
薄暗いアノマの前で赤いものがチラチラと動いていた。アノマバタキだ。アノマの壁の下部には食事の膳を出し入れする小さな穴が造られている。その穴からハタキが上下に振られているのだ。
私は好奇心を抑えられずアノマバタキに近寄ると、血の布を握って軽く引いた。するとアノマの中から引っ張り返された。綱引き遊びの開始である。私は楽しかったし、壁の向こうからゼーゼーと喘息のように喉を鳴らして喜んでいる姉の息づかいが聞こえた。幾度か綱引きを繰り返した後、ハタキが強く引かれた。三歳児とは思えない力だ。ハタキを握る私の腕も穴に引き込まれ、ゴリと嫌な音がして私の肩が脱臼した。それからの記憶はない。
◇
今日は七つのお祝い。七五三の晴れ着を着せられた私は、鏡の前でクルリと回ってみる。大きな花の柄がキレイ。
悦に入る私の目の端に玄関の外で揺れる赤いアノマバタキが映った。
つまり……
あのまばたきの意味 柴田 恭太朗 @sofia_2020
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