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コーヒーの匂い。窓から聞こえるカモメの声。そして波の音。

時折揺れる船内でも、フローラは気にせずコーヒーを飲みながら手元の液晶端末で今日の予定を整理する。


(映画の撮影って今日からだよね。

すでにプログラムを終えて今日が初フライトみたいだけど…大丈夫かな)


端末には、いつも書かれている任務は一つも表示されておらず、ただ「撮影」とだけ。

異例の海軍全面協力をへて実現された戦闘機パイロットを主人公とした映画がクランクインされたと聞いたのが先月。そしていよいよ、今日から実際の戦闘機を使っての撮影が始まる。

海軍所属の戦闘機パイロットとして6年目のフローラは、これまで数々の任務をこなしてきたが、撮影協力で任務が免除されたことに首を傾げる。


(流石に国防に支障を来すようなことはないだろうけど…なんでそんなに上は協力的なんだろう)



私たち軍を束ねるナンバーツーの知り合いの顔を思い浮かべつつ、所詮下っ端には関係ないかと頭を切り替え制服に着替えようと立ち上がったところで、ピロンと着信音が鳴った。


『おはよう。

撮影今日からだよね

天気は良好のようだけど、何があるか分からないから気をつけて

近々そちらに顔を出す予定です』


送信元にはちょうど思い浮かべていた人物の名前である「ウィリアム・グランビル」と書かれている。

33歳という異例の若さで国務長官補佐を務め、公爵家の嫡男。そして、元婚約者。

海軍は国務省の管轄であり、そのトップの補佐を務める彼は実質ナンバーツー。

今回の撮影協力にも彼が一枚噛んでいるに違いない。

にもかかわらず、そんな様子は一切感じさせないメッセージにあの澄ました顔立ちを思い浮かべてしまう。


私と話している時の彼は、柔和な表情に声色も柔らかいものだったが、元々の整いすぎた顔立ちのせいかどことなく近寄りがたさを感じていた。

中央街出身(貴族は皆そうだが)特有の彫りが深い顔立ち、深い紺碧の瞳は朝焼けで太陽が出る間際の空の色。

髪はまばゆい金色で、色素が薄いせいか光の加減によって白金色にも見える。

仕事でたまに会う時は横に流しているので、堅苦しい印象を受けるが、オフの日はボサボサの髪の間から見える瞳が優しい光を纏うのを知っている。


(…もう見ることはないけど)


つい昔の感傷に浸ってしまったが、ここにいるのは伯爵家次女で公爵家嫡男の婚約者ではなく、コードネームフローラ。海軍航空部隊所属の戦闘機パイロットだ。

頭を振ってフローラは手短に返信を送った。


『ありがとう。

視察について、了解です。

あなたも気をつけて』


送信完了の画面を見届けて、端末をテーブルに置く。

海軍士官の制服であるフラートスーツに腕を通しジップを閉め、焦茶色の髪は肩までだが、視界を遮らないためハーフアップにする。

腰のベルトを締めて、ゴムブーツを穿くと、カバンに端末を入れて準備完了。


まだコーヒーが残っていたので勢いよく飲み干すも、


「あっつ!!」


まだ十分に冷めていなかったようで、ゆっくりと体の中心を熱い液体が流れていった。


撮影初日で浮かれているのだろうか。

ため息を抑えつつシンクにマグカップを置くと、フローラはゆっくりと深呼吸をして、ドアノブに手をかけた。



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ストラトスフィア~戦闘機パイロットの元伯爵令嬢は国務省勤務の公爵から逃げられない~ @wkwk413

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