第306話 アントリくんと膝

 アリカタの右腕が絶叫と共にちぎれ落ちていく。

 魔族がニヤリとしたその瞬間だった。


 「倶利伽羅剣くりからけん!」


 アリカタの後ろの不動明王が剣を振り上げる。

 その2mほどの剣は竜王が燃え盛る炎になり巻き付いている。

 不動明王の象徴そのものであり、智慧の利剣でもある。


 その剣がごうっとうなりを上げながら、魔族の頭に落ちていく。

 魔族は逃げることも敵わず、そのまま頭から真っ二つに切り下げられる。

 さすがに回復できず、そのままカサカサになり、ついに倒れてしまった。


 それを見ていたアリカタも、血の出る右腕痕を押さえながら、片膝を地面につけてしまう。


「あの世で……ミリアに謝ってこいや。いや、二度と近く付くな……か」


 そういうと、自分の血だまりの中へ倒れ込んでしまった。


「アリカタの兄貴!」


 フォルカーが心配して近くに駆け寄る。

 瀕死の重傷だ。

 そこに、シグトリアが駆けつけて、詠唱を始める。

 優しい緑色の光が、アリカタを包む。

 腕のの傷は塞がり、アリカタも苦悶の表情を和らげる


「もう大丈夫。腕は司教にお願いすれば再生するわ。魔族を一人で倒すなんて凄いわね」


 シグトリアは無表情のまま、一言付け加える。


アントリ様の方が強いけれど」


 それと呼応するように、業炎の魔神が咆哮を上げる。

 ティアナは聞いたことのある咆哮に自分の記憶をたどっていく。

 

業炎の魔神イフリート?」


 顔を咆哮のする方へ向けると、そこには懐かしい男の子が立っていた。


「アントリくん!!」


 アントリはティアナの方を振り向くと、顔いっぱいの笑顔になる。

 あのオーロラパーティーの楽しかった思い出が蘇る。


「何でここに?」


 イーフリートに攻撃を続行させ、大声でティアナに答える。


「当然、ティアナさんを助けに来たんですよ。約束したでしょう」


 約束は分からなかったが、自分の危機に命をかけてやってきてくれたアントリの気持ちはとても嬉しい。

 しかし、後ろではシグトリアが不動明王のような憤怒の表情で見つめていた。


「アントリくん!! 魔族をやっつけちゃえ!」


 アントリは笑顔でそれに答えると魔族の方を振り返る。

 そうして、笑顔を消すと、


「イーフリート!! 獄炎で魔族を燃やし尽くせ!!!」


 その瞬間、イーフリートの身体がさらに炎で包まれる。 

 そうして、口から青白い炎を吹き出した。

 ところが、宰相の魔族はゆっくりとイーフリートに近づいてくる。


 炎をものともせずに、イーフリートを掴むと、その左腕を引きちぎる。


 イーフリートは咆哮をあげ、右手で魔族を叩きにいくが、それもあっさりとかわされてしまう。

 魔族はイーフリートの胴体を右手で突き破る。


「マジンナド、コノテイド」


 そう言いながら腕を引き抜こうとするが、がっしりと掴まれて腕が抜けない。


「?」


「魔族のくせに強気だな」


 アントリは、冷静に誰かと話している。

 宰相の魔族の後ろに、もう一体の業炎の魔神イフリートが立っていた。

 大きさは5mを超えている。


「魔族様は魔神が怖くないそうだ。お前の技を見せてやれ」


 その瞬間、ステンドグラスが壊れるほどの咆哮が響き渡り、室内の温度がさらに上昇する。

 魔族の足元に赤い溶岩の池が広がり始め、イーフリートはもう一体の魔神ごと、溶岩の中に魔族を押し込んでいく。


「GUAAAAAAAAAAA」


 魔族の身体が溶けるほどの高温。

 逃げようにも、もう一体の魔神が身体を離さない。

 絶叫がだんだんと弱まり、ついに跡形もなく、魔族は滅してしまった。


「魔神は怖いよ」


 業炎の魔神イフリートが答えるように咆哮すると、地面の中にゆっくりと消えていった。

 アントリは平気そうに見せていたけれども、さすがに2体同時の使役は身体に応える。

 ゆっくりと座り込んだのを心配したティアナが近くに駆け寄っていくと、その前に一人の女性が立ちふさがる。


「ティアナ様、ご安心を。アントリ様の面倒は私が見ますゆえ」


 そういうとシグトリアはアントリを自分の膝の上に載せる。

 それを見ていたティアナは、


「そっか。アントリくんにも素敵な人ができたんだね。もう、私の膝はいらないね」


 と、寂しそうに話す。

 アントリは慌てて、


「ティ、ティアナさん。ティアナさんの膝は」


 シグトリアは、そこまで話したアントリの口を、優しく、しかもがしっと塞ぐ。


「アントリ様。話してはダメです。まずは、体力の回復を」


 笑顔だが、有無を言わせない強さがある。

 けれども、ここで話さなければ、もうチャンスはない。


「ティアナさん、ティアナ、グモモモ……」


「ダメですよ。アントリ様」


 シグトリアは介抱する姿勢を見せながら、アントリの口を塞ぎ、起き上がりのを阻止し続けている。

 ティアナはゆっくりとアントリの元から去って行くのだった。

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