第104話 お前に娘はやれん!

 王国歴163年3月20日 午前10時 帝王宮 大広間にて―――


 演奏会当日は本当にあっという間だった。

 その間にいろんなことが起こったけれども、帝王宮はいつも平和だった。

 窓の外の景色も氷に閉ざされた景色だったものが、雪が溶け始め、大地の姿が現れるようになっていた。


 窓の外を見ると、次々と多くの馬車が乗り込んでいるのが分かる。

 しかも、みな正装をして、帝王宮の大広間に移動しているようだ。

 咳払いをしたアルトナルが、貴族の一部にも招待状を出したと説明しているのだが、どう見ても一部には見えない。


 レオンシュタインとフラプティンナが大広間の入り口に移動すると、「フラプティンナ姫とレオンシュタイン卿が夢の共演 春の訪れコンサート」と大きな看板が貼られているではないか。


「こんなにたくさんの人の前で演奏できるとは運がいいねえ」


 相変わらずレオンシュタインはのんびりと答える。

 けれども、フラプティンナは真剣な眼差しで楽譜を必死に眺めていた。

 それを見ていた、レオンシュタインはフラプティンナに近づき、


「ロス!」


 と言いながら、両方の頬を手でつまみ、横に広げる。

 フラプティンナはびっくりしてレオンシュタインを見つめる。

 護衛騎士は思わず剣に手をかけたが、皇帝に手で静止される。


「その顔じゃ、いい演奏はできないよ。肩の力を抜いて」


 優しく指摘され、フラプティンナは思い出す。


(そうでした。今日は楽しい音がテーマでした)


 準備ができたため、二人は会場となる大広間に移動する。

 大広間は円形の建物となっており、木をふんだんに使っていることが特徴らしい。

 会場に入った瞬間、円形劇場のような観客席に人が溢れんばかりに入っている。


 たった一曲しか演奏しないというのに。

 それでも、みんなが自分たちの演奏を楽しみにしてくれているという事実が、フラプティンナの頬を緩ませる。

 フラプティンナに笑顔が戻ったところで、レオンシュタインは観客に宣言した。


「では、練習の成果をお聞きください」


 拍手の後、二人は目で合図をし、演奏をスタートさせた。

 最初はレオンシュタインのオーケストラパートの演奏で、バイオリンだけで見事に表現されていた。


(練習の時よりも数段美しい……)


 アルトナルは、レオンシュタインの底知れぬ才能に身震いする。

 その比類のない音に、会場にいた全員が一瞬で魅了される。


 そこに、フラプティンナが合わせに入った。

 高音が真っ直ぐ伸びる、伸びる。

 美しい高音、その一音がその場の空気を支配する。


(美しい音色だ)


 また、それを支えるレオンシュタインの演奏が素晴らしい。

 フラプティンナを支えるように、そして引き立てるように弾いている。

 楽団員たちは、フラプティンナの演奏がこんなに短期間で変わったことに羨望の眼差しを送っていた。


 一音一音が丁寧で、響きも美しい。

 以前のような音がかすれる部分やテンポずれが全くなかった。

 フラプティンナは弾きながら、レオンシュタインのバイオリンに支えられる心地よさを味わっていた。


(こんなに演奏が楽しいなんて。こんなに安心して弾けるなんて)


 フラプティンナは、時々レオンシュタインと目を合わせてリズムを確認する。

 レオンシュタインが笑顔で頷くたびに、フラプティンナは嬉しくなる。

 二人の演奏は、調和が取れており、さらに美しく響き渡る。


(姫様、お見事です)


 アルトナルは成長を誰よりも喜んでいた。

 会場の優しい空間がどんどんまわりに広がっていく。

 春の喜びとそれを囀る鳥たちが見事に表現されている。


「姫様、美しい……」


 女の楽団員たちは、フラプティンナの笑顔に魅了されていた。

 レオンシュタインを見るたびに、深い信頼と親愛と、そして……。

 その姿を見ていた皇帝は、フラプティンナの成長を喜びつつ、苦々しい気持ちを味わっていた。


(まさか……。この男を……)


 皇帝をただの親に戻してしまうほど、二人の息はぴったりだった。

 最後のフレーズを一際美しくまとめ、20分ほどの演奏は終了する。


 その場にいた人たちが、その場に立ち上がり、大きく拍手をする。

 演奏の終わった二人は顔を見合わせつつ、幸せそうに笑う。

 それを見ていた皇帝は、突如、立ち上がった。


「駄目だ! ロス。この男との結婚はまだ早い!」


 それを聞き、フラプティンナは顔を真っ赤にする。


「ち、父上。いきなり何を言うのです?  レオンさんに失礼ですよ!!」


「いいや、失礼なのは、この男だ。たった4ヶ月でロスを虜にしおって」


「父上!!」


 姫は皇帝のそばに寄って行き、背中をバシバシと叩く。

 それを見ていた楽団員の女たちも口を揃える。


「皇帝陛下の焦りも分かるわあ。あの二人、息ぴったりだったもの」


「ねえ、あの二人、やっぱりつきあってるのかな?」


 レオンシュタインは困惑の表情のまま、皇帝陛下たちを見つめていた。

 ただ、その場にいる全ての人が幸せな雰囲気に包まれていた。

 ……皇帝陛下を除いては。


 「お前にロスを渡すわけにはいか~ん!!!」


 「父上!!」

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