イルマの物語(帝国騎士団、こんなんで大丈夫か?)

第105話 イルマの入隊

 帝国騎士団とは、帝国領土から選抜される剣のエリート集団である。

 1軍の構成人数は500名を超え、全部で5軍が編成されている。

 王都で出会ったヨークトルは、軍の副団長で中隊100名を指揮し、部下には小隊長が10名存在する。 

 小隊長は10名の部下を統率することになる。


 帝国の軍制では、帝国騎士は軽騎兵部隊に配置され、情報収集、後方攪乱が主任務となっていた。

 ただ、騎士に任じられるのは貴族の子弟が多く、平民の数は多くなかった。

 また、女性は数えるほどしかいなかった。

 シーグルズル7世の軍制改革は進んでいるが、平民や女性にとって騎士になるのは遠い道のりだった。


 軽騎兵は、時には馬から降りて白兵戦にも臨まなければならない。

 そのため、日々の訓練は過酷なものとなっていた。


 イルマが入隊するのは、その小隊の中の1つ『ヘクラ小隊』である。

 ヘクラ小隊はヨークトル中隊の中でも特に攻撃力が高い部隊として名高い。

 しかも、構成メンバーに平民が入っている唯一の隊だった。


 王国歴162年12月20日 午前10時 帝国騎士団 訓練施設にて―――


「今日から3月末まで一緒に訓練をすることになった、大陸からの留学生イルマだ。共に剣を学び、互いの技量を高め合ってほしい」


 中隊長のヨークトルが訓示を述べる。

 イルマも挨拶を促され、


「留学生のイルマです。よろしくね」


 と、相変わらずの挨拶をしてしまう。

 ヘクラ小隊の10名は失笑を禁じ得なかった。


(おいおい。平民の上に女? 剣が振れんのか?)


(中隊長は、小隊に癒やしの女神を入れてくださるってことか?)


(中隊長の愛人? あのベールは何なんだよ?)


 ヨークトルの手前、馬鹿にする態度は見せられなかったが、明らかに下に見るような雰囲気が漂う。

 奥に固まっていた3人は特にその気配が濃厚だった。その中でも特に身体が大きい男がイルマに話しかける。


「なあ、お嬢さん。お前、確かあのバイオリン弾きと一緒に来た用心棒だろ。あんな奴よりも俺たちの方が優しいし、強いぜ」


「ふうん」


 イルマは気にもとめない。


「あんな腑抜け野郎と一緒じゃあ、汗ふきぐらいしかやってこなかったんじゃないか? それとも別の場所を拭いてくれんのか?」


 ゲラゲラと笑いながら口笛を吹く。

 イルマは冷静な表情のまま、ヨークトルに語りかける。


「なあ、あいつを殺していいか。あるじが侮辱されてんだけど」


「殺したらいろいろ差し障りがある。止めとけ。それにあいつは強いぞ」


「ふうん」


 ヨークトルもイルマの腕前を見てもらった方が早いと思ったのだろう。

 嘲笑した大男とイルマの模擬戦を提案した。


「よっしゃあ。生意気女にお仕置きだ」


「おいおい、手加減しろよ」


 2人に木剣が渡され、二人は広場の中央に立つ。

 イルマはベールとコートを取り外し、動きやすさを確かめる。

 その瞬間、小隊の男達はイルマの美貌と身体に釘付けとなった。


「始め!」


 ヨークトルの合図で、試合が始まった。

 イルマは相手の強さを確認するために、軽く3回ほど打ち込む。

 それは、あっさりと防がれ、逆に敵の攻撃を誘発した。

 相手の木剣は異様な音を立てながら、イルマの胴を薙ぎ払いにくる。


 当たったと思った瞬間、イルマは最小限の動きでそれをかわし、相手の隙を探す。

 だが、なかなか見当たらない。


(……強い。でも、レオンを馬鹿にしたことは絶対に許さない)


 ただ、気持ちが強すぎると剣の動きに固さがでる。

 意識的に深呼吸をし、冷静に相手の隙を探していた。

 それは、相手も同じだった。


(正直、馬鹿にし過ぎた。こいつは強い)


 さらに4合ほど木剣を交えるが、決定打を与える隙がない。

 そのため、大男は隙を作るため声で挑発することにする。


「おい、あのバイオリン弾きに毎晩抱かれてんのか? そのいやらしい身体でご奉仕か? うらやましいね」


「何を!」


 イルマはその瞬間、剣を振り上げて打ちかかってきた。


(引っかかったな)


 男が体裁きで、その大振りをかわそうとした瞬間、イルマの木剣が一瞬消える。


(えっ?)


 狼狽した男の胸にイルマの木剣が突き刺さった。

 大振りを途中で止め、そのまま、真っ直ぐに相手を突く。

 男の胸の防具が大きく変形する。


「ぐえ!」


 痛みをこらえて次の剣を防ごうとした瞬間、イルマは素早くしゃがみ込みながら、足払いをかける。

 相手が体勢を崩して仰向けに倒れた瞬間、すぐに相手の木剣を蹴り飛ばす。

 イルマは相手の胴の上に仁王立ちになった。


「なあ、お前はシーグルズル七世陛下が馬鹿にされたら、どうすんの?」


 木剣を相手の喉元につけながら、イルマは詰問する。


「相手を殺すまで戦う」


「そうだろう? お前の罪、万死に値する」


 そういうとイルマは木剣を振り上げた。


「止めろ! イルマ! そこまでだ!!」


 ヨークトルは制止するが、イルマの木剣は止まらない。

 相手の頭を目がけて、音を立てながら木剣が振り下ろされる。

 全員が殺されたと思った瞬間、イルマは相手の頭上で木剣を止めていた。

 そして、相手の側にしゃがみ込むと、


「主を侮辱したら、次は止めない」


 そう言うとゆっくりとヨークトルの方に歩いて行く。

 ヨークトルと向かい合ったとき、ヨークトルは何も言わなかったが、一瞬だけすまなさそうな表情を見せた。

 イルマは小さく謝罪する。


「ごめんね。ちょっとやり過ぎた」


「いや、これでいいだろう。これからは仲良くやってくれよ」


 そう言われて、イルマは小隊のメンバーの方を振り返る。


「これから、よろしくね」


 そう微笑むイルマと先ほどの羅刹らせつのようなイルマのどちらが本性だろうと、小隊のメンバーは戸惑いを隠せないのだった。


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〇イルマ3(帝国騎士団入隊の頃)のイラストはこちら。

https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330660469665114

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