第103話 えっ? 話が大きくなってません?
王国歴163年1月20日 午前10時 皇帝宮 白薔薇の間にて―――
「二台のバイオリンのための協奏曲……ですか?」
フラプティンナが首を傾げ、初めて聞く曲であることをレオンシュタインに伝える。
この前の一件以来、フラプティンナとレオンシュタインは、何でも気軽に話せるようになっていた。
「うん、この曲、元はといえばオーボエ協奏曲なんだ。とても素敵な曲だから、それをバイオリンで演奏できればいいと思って」
レオンシュタインは何でもなさそうに話す。
「師匠が新しく作ったんですか?」
「いやいや、オーボエの部分とオケ部分の2つに分ければ簡単だよ。オーボエ協奏曲の楽譜もあるし。誰でもできると思うよ」
絶対にそんなことない、と思いながらもフラプティンナは興味津々だ。
「じゃあ、1回、ロス(フラプティンナの愛称)のパートを引いてみるね」
そう言うと、バイオリンを構え直して弾き始めた。
相変わらず最初から美しい音を奏でている。
(音に圧倒されそう。それに何て美しい……)
そのまま、うっとりとした表情でフラプティンナは聞く。
アルトナルも横の椅子の上で、同様に圧倒されている。
「どう? 美しいと思わない」
レオンシュタインが満面の笑みになる。
フラプティンナから賛同の笑顔を向けられると、レオンシュタインは、
「じゃあ、これを発表会で演奏しよう」
と宣言した。
発表会とは、3月20日に設定されたフラプティンナの発表会のことだ。
レオンシュタインとの練習がどれほど上達に結びついたのか、報告したいというアルトナルの提案のせいだった。
練習は週に3回ほどになり、レオンシュタインはかなり忙しい毎日になった。
音楽院でハルパとの練習にも付き合い、自分の練習時間が減っているのを感じる。
それでも、友達のためだからと律儀に帝王宮に出向くレオンシュタインだった。
§
その発表会には、シーグルズル七世、ヴィフト卿、アルトナル、そしてバルタザル交響楽団の団員が集まることが伝えられていた。
本来、皇帝とアルトナルの二人の前で演奏するはずだった。
けれども、レオンシュタインのファンであるヴィフトは、どこからか二人の演奏が行われることを知り、参加することを申し出たのだ。
交響楽団の団員たちはアルトナルからその話を聞いた瞬間、全員が参加することを決めてしまった。
あの音をもう一度聞きたいという楽団員の熱い想いがそれを実現させたのだった。
「じゃあ、残り1ヶ月。楽しく練習していこう」
「はい!」
二人は、いつも以上に練習に取り組むのだった。
§
3月に入ったある日のこと、フラプティンナ姫の元気がない。
訳を聞いても、何でもないと答えるが、明らかに音がおかしい。
よくよく見ると、顔がいつもよりも赤くなっている。
レオンシュタインは演奏を止めて、フラプティンナに近づいていく。
そして、護衛騎士やアルトナルが止める間もなく、フラプティンナの額に手をやる。
「レ、レオン様?」
フラプティンナは赤い顔をさらに赤くするが、レオンシュタインは全く気にしなかった。
それどころか、
「熱があるな! 早く横になって、頭を冷やさないと!!」
と、言ってフラプティンナを部屋に連れて行こうとする。
護衛騎士とアルトナルは二人の手を離そうとするが、フラプティンナがそれを目で制す。
「レオン様。私の部屋はこの上ですよ」
いつもの白薔薇の間の上に、フラプティンナの部屋があると知ったレオンシュタインはすぐにその部屋に向かう。
一緒に部屋に入ろうとするレオンシュタインを、姫様付きのメイド2人が手を広げて拒む。
「姫様の部屋に入ってはなりません! 入れるのは許された人ばかりです!」
そこで、はっと我に返ったレオンシュタインは、自分の行為が恥ずかしくなったのか二人に非礼を詫び、白薔薇の間に戻ろうとする。
けれども、フラプティンナの部屋から大きな声が響いてくる。
「レオン様を帰してはなりませんよ! しばらく待ってもらいなさい!」
そう言われたために、レオンシュタインと護衛騎士、アルトナルの3人は所在なさげに部屋の前で待つことになった。
30分も。
「では、お入りください」
メイド2人がさっきとは別人のような態度で、3人を部屋に招き入れる。
入るなり、フラプティンナが好んで使っているラベンダーの匂いが3人を包む。
部屋の様々な場所にポプリの袋も掛けられており、優しい匂いが広がる。
白を主体としたカーテンや調度品も、すっきりと部屋と調和しているのがフラプティンナらしい。
レオンシュタインはフラプティンナの側の椅子に座ると、
「今日はゆっくり休むといいよ」
と、言い残し、部屋から出ようとする。
フラプティンナは慌ててそれを止め、レオンシュタインの旅についての話を聞きたがった。
レオンシュタインは、小さな声でこれまでの自分の旅について話をする。
それを嬉しそうに聞いていたフラプティンナの瞼が閉じようとしている。
完全に眠ってしまったのを見届けながら、レオンシュタインはフラプティンナの部屋をあとにした。
「カチア……」
小さく呟いたレオンシュタインの言葉は、誰にも聞かれることはなかった。
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