第102話 怒るフラプティンナ
王国歴163年1月9日 午前10時 皇帝宮 白薔薇の間にて―――
「今の演奏の何がいけないというのですか?」
5回目のレッスンをしている最中、フラプティンナは、憤りを露わにしていた。
今まで、演奏の指摘など、されたことがなかった。
レオンシュタインは困惑しつつも、主張は変えなかった。
「フラプティンナ様。あなたのバイオリンは、とても美しい音色だと思います。ですが、それと曲の良し悪しは違います。あなたは、この曲で、悲しみを表す部分を美しく、華麗に弾こうとしています。それでは、作曲者の思いを表現することはできないと思うのです」
ここまではっきりと言った人はいないため、もやもやっとした思いが胸に渦巻く。
フラプティンナは、傲慢でも我儘でもなかったが、間違いを指摘されることは皆無だった。
そのため、どのような感情を表して良いのかわからない。
「本当に失礼な物言いですわね。貴方に教えてもらおうと思った私が間違っておりました。どうぞ、お引き取りください」
華奢な手を払って、ドアから出ていくようにレオンシュタインに指示をする。
レオンシュタインは悲しそうな表情だったが、何一つ言わずに一礼をすると、その場を去っていった。
「なんて傲慢な人なのかしら。貴方もそう思わない? アルトナル」
同意を求めた姫に、アルトナルは迷わずに答えた。
「傲慢なのは貴方です。フラプティンナ様」
フラプティンナはこれまでアルトナルから、このような指摘を受けたことはない。
そのため、二の句を継げずに目を丸くする。
アルトナルは、レオンシュタインの後ろ姿を見つめながら、話を続ける。
「レオンシュタイン殿が指摘されたことは全て正しいと私は思います。彼は相手が誰であろうとも、正しいことは正しいと言える……強い人間なのです」
「強い人間?」
「そうです。彼はこれまでずっと、逆境におりました。ヴィフトから聞きましたが、彼は追放同然で旅に出ているのです。盗賊に襲われ、兄弟にも襲われ、辺境伯に狙われ、何度も命を危険にさらされているのです」
絶句したフラプティンナは口を手に当てる。
「それでも、彼は自分の音を追求し続けた。自分を曲げなかった。それがあの演奏につながっているのです。それは、バルタザル交響楽団員の全てを上回る才能となって開花しつつあるのです」
アルトナルは膝をつき、まっすぐフラプティンナを見つめる。
「姫様、これは私どもの間違いといえましょう。確かに姫様にも素晴らしい才能が備わってございます。けれども、それは全く間違いをしないというわけではありません。その指摘を私たちは怠ってしまった。そう、どこかで音楽を曲げてしまったのです」
「今すぐレオンシュタイン様を追うべきです。謝罪の意を伝え、また教えてくれるよう頼むのです。彼は100年に一人の天才。この機会を逃せば、生涯、あのようなマエストロに師事することはかないません」
その言葉を聞くや否や、ライトブルーの髪が後ろにたなびく。
フラプティンナは白薔薇の間から走り出していた。
レオンシュタインはかなり先に行っており、城を出ているかもしれない。
(レオンシュタイン様、申し訳ありません。分かっていたのです)
自分の演奏がレオンシュタインの指摘通り、何かが足りないことは十分に理解していた姫だった。
(それなのに、いつの間にか私の心に贅肉がついていたいうことですね)
息が苦しい。
ここまで走ったのはいつぶりだろう。
(レオンシュタイン様)
フラプティンナはついに城の門まで走り続けた。
すると遠くにレオンシュタインが歩いているのが見える。
「レオンシュタイン様!」
思わず大きな声を出してしまうほど、フラプティンナは必死だった。
(幸運を掴めるかどうかのチャンスは一瞬)
父がよく言う言葉だった。
今を逃せば、レオンシュタインとの縁は切れてしまいそうな気がする。
「レオン!」
フラプティンナは更に大きな声を出し、ようやくレオンシュタインが立ち止まる。
フラプティンナは急いでそこに走っていった。
「レオン様、お待ちください」
フラプティンナのあまりに必死な姿に、レオンシュタインは不安に駆られる。
(もしかして、不敬罪に問われるのだろうか?)
そう思いながら、フラプティンナの次の言葉を待つ。
「……レオンシュタイン様、ごめんなさい。私の傲慢をお許しください」
フラプティンナはその可憐な瞳から大粒の涙をポロポロとこぼしていた。
(はい?)
レオンシュタインは何が何だかわからない。
しかも、フラプティンナは全く泣き止まず、涙を拭うばかりだった。
「フラプティンナ様? 何かあったのでしょうか?」
相手は第2王女であり、迂闊なことは言えない。
フラプティンナはようやく顔を上げ、レオンシュタインの方を向いて話す。
「どうか、私のバイオリンの師匠となってください! そして、先ほどのように……真実を、真実を伝えてください」
必死になって頼むフラプティンナを見て、レオンシュタインはようやく合点がいった。
「こちらこそ、不敬な物言いでした」
すると、フラプティンナは激しくそれを拒絶する。
「不敬などという言葉を使わないでください。それが私を傲慢にしたのです。私は何と思い上がっていたのでしょう。私は国教の教え『義人なし、一人だになし』を忘れておりました」
国教の教えまで遡ってしまう所にフラプティンナの一途さが表れていた。
「フラプティンナ様、そこまでの謝罪は不要です。むしろ、こちらがお願いすべきことですね。どうか、もう一度、私と一緒にバイオリンの練習をしませんか?」
レオンシュタインの物言いに、フラプティンナはようやく笑顔が戻る。
帝国の白薔薇の異名は伊達ではなく、その笑顔の破壊力はティアナ達に匹敵していた。
レオンシュタインは耐性があるのでよかったが、ない人は一発で姫の虜になってしまうだろう。
「レオンシュタイン様、いいえ。レオン様。まずは私と友達になってくださいませんか? 友達ならば、何でも言いあえるでしょう?」
そう言って白い手をレオンシュタインに差し出した。
差し出した手が少しだけ震えているのをレオンシュタインは見て取った。
きっと、今まで友達もあまりいなかったろう。
まして、対等の友達は物語の中にしかいなかったに違いない。
レオンシュタインは笑顔でその手を握りしめた。
フラプティンナはその瞬間、ビクッと身体を震わせたが、同時の安堵のため息をつく。
「喜んで友達になりましょう」
レオンシュタインも笑顔で答える。
こうして、帝国の白薔薇に対等と言える友達が一人、誕生したのだった。
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