第265話 城外の会合

 王国歴165年8月11日 昼 レーエンスベルク領 ウェイク砦にて――


「ヨシアス……。もういっぺん言ってくれるか」


 アルフレドが頭を抱える。


「えっと。ホーエス城に宣戦布告……しちゃった」


「しちゃった……じゃない!! そんなことしたら、奇襲が出来なくなるし、本城にも連絡されて、こっちが不利になるんだぞ!」


 アルフレドの怒りは、もっともだった。


「いやあ、だってさ。あのマルティン卿とか言う奴、民への増税に憤っているかと思ったら、そうでもないし。何だかイラッとしちゃったんだよね」


「お前……」


 けれども、起こってしまったことは仕方がない。

 作戦の練り直しを考えるアルフレドだったが、ヨシアスは、


「いや、攻めていいんじゃね。他に落とせそうな城、ないだろ」


 と、涼しい顔だ。


(イグナーツ……)


 アルフレドは、かつての有能な参謀に思いを馳せながら、心から脱力してしまう。

 ヨシアスは、そのことは全く気にせず、ノイエラントからの来訪があったことに興味を示していた。


「へえ、ヤスミンちゃん、来てたのか。無念」


 ヨシアスはアルフレドから、ワイバーンに乗ったヤスミンが来たことを知らされる。


「そうと分かってれば、ホーエス城なんか行かなかったのに」


 心から、そうしてほしかったアルフレドだった。


 アルフレドはすぐに方針を決定し、進軍する必要性を感じていた。

 ヨシアスの放言はともかく、ノイエラントとの共闘はタイミングを逃せば各個撃破されてしまう。

 そのためにも不本意だが、ホーエス城を第一目標とする。


 軍の編成は、アルフレド直属の50名、砦の守備隊100名、義勇軍が800名の合計950名となった。

 義勇軍は全く戦闘の経験がないけれども、今は訓練をしている時間がない。


「ホーエス城の兵士は強そうだぞ。マルティン卿は、武力で城主まで上りつめてるし」


 籠城されれば、南のファルケン城から3日ほどで援軍が来るだろう。

 かといって農民兵ではマルティン率いる正規兵200名に勝てそうもない。

 

「アルフレド。籠城させないために、悪口を言いまくるか!」


 そんなことでは絶対に出陣してこない、とアルフレドは言いかけたが、まずは城下に進むことを決定する。

 ノイエラント軍がバンデルピットまで進出していることから考えて、連携のためには街道上に出る必要がある。


「それでは独立軍、進発!」


「おう!!」


 アルフレド独立軍の指揮は高く、糧食も十分に確保していた。

 偵察もあちこちに派遣しており、情報入手にも抜かりがない。


(アルフレド。やはり有能だな)


 馬に乗りながら、自分にできることをしようと考えるヨシアスだった。

 

 3日後の朝、ホーエス城付近に派遣していた偵察部隊から報告が入る。


「ホーエス城東側にマルティン卿の兵200名を確認。騎兵50、歩兵150」


 農民兵だと侮ったのか、敵の全軍が城外に展開している。

 2列の横陣で前列が騎兵、後列が歩兵を配置している。


 対するアルフレド独立軍は鶴翼の陣構えになっている。

 左翼は先頭に守備隊の50名でそれに300名の農民兵が続いている。

 右翼も同様に先頭に守備隊50名、その後ろに300名の農民兵が続く。

 中央は直属の50名が本陣の前に、本陣の後ろに200名の農民兵を配置した。

  

 アルフレドは実戦は初めてで、妙に喉が渇く。

 ヨシアスは戦わないと決めているので、それなりに気楽だった。


「どっちも魔法兵団がいなくて良かったな」


 全くその通りだとアルフレドも思う。

 ただ、ユラニア王国から援軍がないとも限らないため、その方面の情報収集には余念の無いアルフレドだった。


 兵の配置が完了すると、マルティン卿から使者が派遣されてきた。


「戦の前に、ヨシアス卿と話がしたい」


「俺はしたくないよ。戦の血祭りなんて、ご免被る」


 けれども、マルティン卿と同様に重苦しい使者は、是非にと迫ってくる。

 まあ、殺しはしないだろうとヨシアスは使者にたち、マルティン卿のいる本陣に向かう。

 案の定、マルティン卿の周りの副官達は大いに憤っていた。


(だからダメって言ったじゃん。話は無理だよね)


 周囲の兵達をなだめると、マルティン卿はゆっくりとヨシアスに近づいてくる。


(マジ? 大将自ら使者を斬るのか?)


「ヨシアス殿、貴殿にお願いがある。アルフレド様をここに連れてきてはもらえないか?」


 その荒唐無稽な申し入れに、さすがのヨシアスも躊躇する。


「無理。だいたい戦前に大将同士が顔を合わせるって、おかしいだろ!」


「貴殿にしか頼めない。どうか伝えてくれないか」


 ヨシアスの目に思慮深い色がともる。


(今のままでは、確かに勝利の可能性は低い。アルフレドの運にかけてみるか)


 いざとなれば、自分が盾となるかとヨシアスは腹をくくる。


「分かった。で、その内容は教えてもらえないのか?」


「ダメだ。アルフレド殿にしか伝えられない」


 ヨシアスはすぐに陣に戻ると、マルティン卿から伝えられたことを話す。

 副官はすぐに拒否するが、アルフレドは、


「行くよ」


 と即答する。

 ヨシアスも笑顔で同行することを告げる。

 副官に部隊の指揮を任せ、二人はすぐに馬上の人になる。


「ヨシアス。お前、どう思う?」


「目的が、はっきりしない。でも、武人だから闇討ちの可能性も低い。ま、俺の後ろに隠れてなよ」


「馬鹿言うな。お前の剣の腕前じゃ、俺が前の方が生き残る可能性が高い」


 敵陣に着くと、ヨシアスはアルフレドの後ろをついていった。


「マルティン卿、私に何か用だということだったが、今すぐ伝えてほしい」


 辺境伯長男のオーラを全開に出し、相手を威圧する。

 ヨシアスですら、その圧で後ろに下がってしまったくらいだ。

 その瞬間、マルティン卿が膝を折った。

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