第266話 王道
王国歴165年8月14日 朝 ホーエス城外 マルティン卿の本陣にて――
「アルフレド様。どうか、このマルティンを配下にお加えください」
マルティン卿の周囲には、騎士団と兵士達が整然と並んでいる。
マルティンの様子を見て、ヨシアスはアルフレドの横でニヤニヤしていた。
アルフレドは背筋を伸ばし、大きな声で問わざるを得ない。
「マルティン卿、どうしてそのように思い至ったのか?」
頭を下げたままのマルティンから、はっきりとした声が響き渡る。
「4歳の女の子が、税金を払えないからと親に売られる領地は間違っていると思いましてね」
アルフレドはヨシアスが連れてきた女の子のことを思い出した。
そして、一緒に憤ったことを。
「マルティン卿。私はまだ1000名にも満たない兵をもつ独立軍の長に過ぎない。けれども、約束する。私は子どもたちの目が絶望に支配されない領地をつくる。この剣にかけて誓う」
アルフレドは剣を抜き、高らかに空に掲げる。
まるで、青空を2つに切り分けるように真っ直ぐに、高く。
そのロングソードは陽光を反射し、眩しいばかりに周囲に光をまき散らしていた。
(絵になる男だねえ)
ヨシアスが感心したように、光り輝く剣と凛とした佇まいに、周囲の兵士は次々と膝を折り、忠誠を誓う。
それはマルティン軍の全てに伝播していった。
「ア、アルフレド様、万歳! アルフレド様に栄光あれ!!」
「アルフレド様、万歳!!」
突然、敵軍の兵士から万歳が巻き起こり、独立軍の兵士達はあっけにとられていた。
少しずつ近づいていき、その朗報に大歓声が上がる。
「それでは城内に案内しましょう」
マルティン卿の案内で、独立軍全軍が城の中に入場していくのだった。
§
「レオン! ホーエス城が陥落してたよ。しかも、無血開城だって」
8月16日、連絡のためワイバーンで飛んでいたヤスミンから、驚くべき報告が舞い込んでくる。
「アルフレド殿は優秀な方のようですね」
レオンシュタインは素直に感嘆する。
主任参謀長グラビッツも、地図上の駒をウェイク砦からホーエス城に移動させる。
補給計画を一身に引き受けているフリッツは、情報の収集、伝達の仕事も請け負っており、グラビッツから各部隊へ連絡するよう依頼を受ける。
「ヤスミンには、明日の朝に公国の砦まで飛んでもらいます。そのとき、マッチョが見つけた場所のことも忘れず伝えるように」
マッチョ高速船はウェイク砦に行く途中の河原が、渡河に適した地形であることに気付いていた。
周囲に人家などは全く見られず、川の両岸に石造りの5m程の土台があり、昔は何かに使われていたことを物語っていた。
そのため、最初に攻める砦はアルテナ砦へと変更になった。
グラビッツはナウウェン砦を指さし、それを北側へ移動させる。
「その場所はナウウェン砦から北側に馬で2日の距離。そこから渡河し、アルテナ砦を奇襲してもらう。敵はクロップ砦を攻撃すると思っているはず。そこが狙い目だ」
アルテナ砦のところまで南下し、ぴたっと指を止める。
レオンシュタインたちが、その位置を確認していると、グラビッツが最終確認のために口を開く。
「ホーエス城陥落は、辺境伯に伝わるまでに4日ほどかかる。その討伐のためにホーエンシュバンガウ城から軍が出撃したら、フォルカーの作戦が発動する。それまでは、補給を完璧にすべきだな」
解散となり、各自、自分の持ち場に戻っていった。
§
その頃、フォルカー一行は街道を北上し、ホーエンシュバンガウ城下の町シュバンガウに向かっていた。
一行は、フォルカー、ティアナ、イルマの他に、女性兵士が13名の計16名だった。
「いやあ、逆の意味で緊張するッスね」
男はフォルカーただ一人だった。
シュバンガウの町に着き、連絡していた貸切宿に腰を落ち着ける。
夜、フォルカーは全員を部屋に呼び、作戦の概容を説明する。
「そんなこと、できるわけないです!」
兵士は口々に不可能を言い立てる。
15名は驚愕の表情だ。
フォルカーはさらに説明をすすめる。
「……変態?」
15人から冷たい視線を向けられる。
慌ててフォルカーは手を振る。
「違うッスよ。それが作戦のポイントなんスよ」
フォルカーの目が光る。
いつものやる気のない目ではなく、とびきりの悪戯を思いついたという顔だ。
「で、それはいつ、やるんだ?」
イルマが備え付けの林檎に手を伸ばしながら確認する。
「城から大軍が進発したらッス。シュバンガウの町は敵国なんで、用心していきましょう」
§
王国歴165年8月19日 朝 ホーエンシュバンガウ城 謁見の間にて――
「何!? ホーエス城がアルフレドに占領されただと!」
辺境伯ハイルヴィヒは椅子から立ち上がり、大声を上げる。
その雷のような声に部下達は首をすくめてしまう。
城は驚愕の嵐につつまれていた。
ハイルヴィッヒは、横に立っている参謀長に命令を出す。
「すぐに出撃だ!! たかがホーエス城ごとき、ひとひねりよ。それにしても、アルフレドは、やはりわしに牙を剥いたか。わしの目に狂いはなかったな」
ぞっとするような声でアルフレドに対する憎しみを吐き捨てる。
城は出陣の慌ただしさに飲み込まれていった。
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