第263話 ホーエス城の舌戦

 王国歴165年8月5日 昼 レーエンスベルク領 ウェイク砦にて――


「大金貨200枚(20億円)? 本当か?」


 アルフレドが部下に再度、問い直すのも無理はない。

 マッチョ高速艇から運び込まれてきたのは、莫大な大金貨の袋だった。

 寝転んでいたヨシアスは、アルフレドを見つめてニヤニヤする。


「これで義勇軍を募集できるな」


 もともと北部エリアの領民は長男アルフレドに同情的であり、砦の近くで盗賊退治をしてくれることにも恩義を感じていた。

 そのため、義勇兵が100人、200人と集まってくる。


 アルフレドは副長たちを集めて、方針を説明し始めた。

 ヨシアスも流れで、方針を確認することになった。

 

「まずは北部にあるホーエス城を落とす。現在、独立軍は砦の拠点しかないからな」


「ふうん。で、その城には兵士が何人いるの?」


「斥候からの報告では200名前後と聞いている。ただ、城主はマルティン卿で、勇猛な方だ。一筋縄ではいかないな」


 副長たちも眉をひそめる。

 ヨシアスは天井を見上げ、ぽつりと呟く。


「なあ、楽に勝てる方法はねえの? 籠城している城を落とすのは疲れるな」


 砦に沈黙が広がる中、ヨシアスは城主マルティン卿について質問してみる。


「そいつが好きなものって何かない? お金とか女とか……」


「マルティン卿はいわば正統の騎士だ。辺境伯領に長く仕え、忠誠心も高い」


「ふうん」


 そう言うとヨシアスは、長椅子から身体を起こし、大きく欠伸をする。


「アルフレド。ちょっと、出かけてきていいか?」


「そりゃあいいが、どこだ?」


「ホーエス城さ」



 §



 3日後の8月8日、ヨシアスはホーエス城の城門までやってきていた。

 傍らには、小さな4歳ほどの女の子を連れている。

 途中の村で、両親に売られていたのを悲しく思い、お金を出したのだ。


「でかいねえ。このくらいの城があれば、ダラダラできそうだ」


 すぐに兵士に見つかり、ヨシアスは尋問される。


「貴様、何者だ?」


「あ、俺? 元ヴァルデック領主のヨシアスって言うんだけど、城主に会えるかな?」


 すぐに伝令が城主のもとに走る。


「ふむ、元ヴァルデック子爵のヨシアス殿が?」


 突然の訪問にマルティン卿は戸惑うが、自分は男爵位であるため、むげにも出来ないと考える。


「とりあえず会ってみるか」


 副官に連れてくるように命じる。

 ヨシアスは子爵のオーラを出しながら、謁見の間にやってくる。

 傍らにはぼろ布をまとった女の子が、ヨシアスの服を掴みながら、おどおどと歩いてくる。

 武骨な石作りの謁見の間は、調度品などは置かれておらず、壁がけの大陸の地図だけが目に入った。


「マルティン男爵、訪問を快く受け入れてくれて、心から嬉しく思う」


 マルティン卿は自然と頭が下がる。

 秩序を重んじる性格が良く表れていた。


「で、ヨシアス卿。本日は何用ですかな?」


 副官に手を挙げ、マルティン卿は飲み物を用意するように命じる。


「何、用というほどのことではないが、卿は現在の辺境伯家についてどう思うかな?」


「もちろん、忠誠を尽くしております」


 ヨシアスは大仰に身体をねじり、全身で嘆かわしいという気持ちを表す。


「卿の忠誠は、長男のアルフレド殿には届いているかな? 私は士官学校時代、彼と同窓の間柄だ。士官学校を次席で卒業し、友人からの信頼も厚く、信義に溢れている男だった。けれども久々に訪れてみれば、辺境の砦で幽閉同然。何があったのかな」


 マルティン卿は苦い表情になる。

 もともとマルティンは、長男が家督を継ぐべきとの信条があり、アルフレドが次期当主に相応しいと考えていた。

 辺境伯は次男のゲオルフを偏愛しており、好ましからずと考えていた。


(アルフレド様は、もともと家督を継ぐべきお方。あの事件さえなければ)


 あの事件以来、アルフレドは辺境に左遷され、あまつさえ当代一の軍師イグナーツをゲオルフ付きにされてしまったのだ。


「もちろんアルフレド様にも忠誠を捧げている。ただ、辺境伯ハイルヴィヒ様やゲオルフ様にも忠誠を捧げている。当主に忠誠を捧げるのは武人として当然ではないか」


 ヨシアスの狙いを見定めるように、目を離さずにマルティン卿は返答する。


「大陸随一の軍師イグナーツは、アルフレドが何度も訪問し、断られ続けても諦めなかった、その誠意に答えての登用だと聞いていたが、それは違うのか?」


「その通りです」


 ヨシアスは感情が高ぶり、言葉遣いが悪くなり始める。


「確かアルフレドは、ゲオルフの讒言ざんげんによって辺境伯から遠ざけられたのだったな。イグナーツを手に入れたのは、簒奪さんだつを企んでのことではないかと疑われたんだよなあ」


 貴族の事情に通じていたヨシアスは、当然、あの事件とやらを知っていた。

 マルティン卿はヨシアスの口車に乗りつつあった。


「あいつは獅子の子だ。犬のように辺境に飼われていることに我慢はできない。だから、俺はあいつを助けたいんだ。だから、ここに来たんだよ」


 マルティンの副官はすぐに剣を抜く。


「この痴れ者め。堂々とマルティン卿に謀反を促しにきたというのか?」


 ヨシアスの目に怒りの色がともる。


「謀反? あいつの父と弟が他国を意味も無く侵略している。それに憤るアルフレドは何かおかしいのか? 軍を動かすために民に重税を押しつけ、レーエンスベルクの領民たちは生活の苦しみに喘いでいる。それを、副官殿は知らないのか?」


 剣を下ろした副官は、ヨシアスの言を静かに聞いていた。

 ゲオルフが台頭するようになってから、税金が高くなり、マルティン卿もその対応に苦慮していた。

 税を払えず、離散する家族も目立ち、田舎では子どもを奴隷として売ることが横行していた。


 その一方でホーエンシュバンガウ城では、夜な夜な舞踏会が開かれ、ゲオルフ達は贅沢三昧の生活を送っている。

 美しい娘達は次々と城に集められては、ゲオルフの慰み者にされている。


「亡国の兆しありだ。マルティン卿、そうは思わないかね?」


 ヨシアスも女好きという点では、ほとんど同じなのだが、無理矢理という点が許せない。

 マルティン卿は苦しげに息を吐く。

 齢50になるマルティン卿は、その性格故に華やかな宮廷でうまく立ち回れなかった。

 その武を認められ北部のホーエス城を預かっているが、それもいつまで続くか分からない。


(貴族とは、民の幸せのために戦う漢たちのことだ。けれども、今の辺境伯やゲオルフ様では無理だ)


 それを見ながら、ヨシアスは傍らで眠りについてしまった女の子について話し出す。


「この子は、1つ先の村で俺が買ったんだ。こんな4歳の子が、両親に税金を払えないからと売られてたよ。道ばたで、犬みたいにな」


 ヨシアスは一気にたたみかける。


「マルティン卿、この子の目を見たか? 目には絶望しか映っていなかったよ。最愛の両親から売られ、はした金で買われていく、自分の運命にな」


 マルティン卿たちの視線が女の子に注がれる。

 こんなに年端もいかない子が売られている事実は、マルティン卿たちが見ないようにしていたことだった。


「子どもたちが笑ってくらせるようにしたいよな。俺はそうだ。だから、俺はアルフレドを応援するのさ」


 女の子を優しく抱き上げ、ヨシアスは腕に乗せる。

 恐がった女の子はヨシアスの頭にしがみついてしまう。


「アルフレド独立軍は近々、この城を落としにやってくる。覚悟しておけよ」


 そう言うと、ヨシアスはホーエス城から立ち去っていった。

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