第261話 山が動く
王国歴165年7月17日 夕方 レーエンスベルク領 ウェイク砦の詰め所にて――
「ヨシアス……。お前はいつもタイミングが悪いな」
「悪かったな。これが俺なんだ」
どうやら自分の命もここまでかとヨシアスは覚悟する。
アルフレドの剣が振り下ろされると、隣で剣を抜いていた兵士の手から剣が落ちる。
「スパイを拘束せよ!」
ヨシアスの前の兵士を含め、4人の兵士が同じように剣を落とされ拘束される。
アルフレドは剣を鞘に収めると、スパイを留置場へ連れて行くように命じる。
今まで、レーエンスベルク辺境伯やユラニア王国からのスパイを泳がせていたとヨシアスは説明を受ける。
また、副長に人払いを命じ、詰め所は3人だけになる。
テーブルの上には、明かりとして蝋燭が何本もつけられる。
白くオレンジ色の光が部屋の中を照らし、獣油の匂いが漂ってくる。
「ヨシアス。お前のおかげで独立の決行が早まったぞ、どうしてくれるんだ」
アルフレドは昔のような屈託のない笑顔を見せる。
「ユラニア王国がノイエラントに攻め込む時期は、9月頃だとの情報を得ている。その時期に合わせて、自分は兵をあげることになってた。でも、今日、スパイを拘束したから、今日、決行だ。まずは北部方面を電撃的に占領し、補給線を確保する。ただ、人材と資金が不足気味だな」
ヨシアスは安堵し、アルフレドの胸をドンと突く。
「そうか。俺にできることがあったら言ってくれ」
「ないよ。お前、剣、檄弱じゃん。作戦も46連敗は士官学校の記録だったよな」
決まり悪そうなヨシアスをよそに、副長はアルフレドに進言する。
「アルフレド様、事を起こすにも資金不足が懸念されます。食料、武器、馬なども、不足気味です」
それを聞き、ヨシアスは持ってきた2つの鞄を重そうに机の上に上げる。
「なんだ、それは?」
「レオンからのプレゼントだ」
2つの鞄を開くと、中から大金貨が20枚(2億円)、ジャラジャラとこぼれ出てくる。
「大金貨!」
副長が思わず飛びついてしまう。
「宰相がごちゃごちゃ言ってたけど、好きに使えばいい。いざとなったら、川に落としたってうやむやにするからさ」
「いいのか?」
「いいよ。金は天下の回り物だ。この程度の金で相手に引け目なんか感じることはねえよ。お前は、お前らしく、堂々と行けばいい。金は、いつか返せばいいさ」
アルフレドとヨシアスは、ワインで再度乾杯する。
「じゃあ、明日からレーエンスベルク独立軍、始動だ!」
「……名前、もっと格好いいのないの?」
結果的にヨシアスの訪問は成功した。
翌朝、ヨシアスはリベ川のほとりで、ぼんやりと流れを眺めていた。
川はゆっくりと流れ、その水面はとろりとした緑色を朝日に反射させていた。
川の左右はジャングルのようで、多くの木々が生い茂っていた。
(いつになったら、硬質磁器がつくれるのかねえ)
他の人たちが夢に向かって動いていくのを、忸怩たる思いで眺める自分がいる。
自分の夢はいつになったら叶うのか、先が見えないヨシアスだった。
物思いに耽っていると、後ろから足音が響いてくる。
「ヨシアス、逃げ帰ったかと思ったよ」
「馬鹿言え。俺は中途半端が嫌いなんだよ。お前の独立に関わっちまったから、最後まで付き合うさ」
アルフレドはヨシアスの隣に座る。
ヨシアスは川面に向かい、石を投げ、ボシャリという音と共に水面に波紋をつくる。
「ヨシアス。お前はやりたいことはないのか?」
「そりゃあるよ。硬質磁器を作りたいんだ。ただ、硬質磁器をつくる土が見つからなくて、もう大変さ」
それ聞き、アルフレドは首をひねる。
「確かこの近くで、土に詳しい変わり者がいたなあ。いつか、そこに行ってみたらどうだ?」
「今、行くよ!」
意気込むヨシアスをなだめ、まずは自分を手伝ってほしいと真剣にお願いする。
「独立軍には参謀がいないから、相談役もいないんだ。お前なら軍事以外なら何でも相談できる。頼むよ」
「軍事以外ね、了解だ」
と、そこに聞き覚えのある掛け声が聞こえてきた。
「イージー、マッスル!」
「イージー、イージーよ~」
高速船が目の前でぴたっと止まる。
「ヨシアスさん!」
マッチョリーダーが船から下り、二人に挨拶する。
「お前ら……帰れって言ったろ!」
すると、リーダーは上腕二頭筋を見せつけながら、
「ヨシアスさんもマッチョの仲間じゃないですか。筋肉は裏切らない!」
ヨシアスも上着を脱ぎ去り、大胸筋で返事をする。
二人はわかり合い、
「イエス! マッスル!!」
と、手をがっしりと組む。
呆れるアルフレドをよそに、ヨシアスは2つのことをお願いする。
「アルフレドは、これから独立軍として戦う。そのため、『金送れ』『イグナーツを助けろ』をレオンに伝えてくれ」
「それは分かりました。ただ、ヨシアスさんは、どうするんですか?」
「アルフレドと一緒に戦うよ。らしくないがな」
それだけを伝え、ヨシアスは高速船を見送る。
見えなくなったところで、ヨシアスはアルフレドにぽつりと話す。
「なあ、ところでさ。この砦に可愛い女の子、いる?」
「女?」
アルフレドは話がつながらなくて混乱する。
そんなアルフレドと肩を組みながら、ヨシアスは砦に戻っていくのだった。
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