第260話 アルフレドとヨシアス卿
王国歴165年7月11日 昼頃 ヘレンシュタイク公国 ナウウェン砦近くの船着き場にて――
ヘレンシュタイク公国アルタンツェ公女をナウウェン砦付近に降ろし、ノイエラントチームは砦にて休息することになった。
アルタンツェはヨシアスに短く礼を言うと、すぐに馬上の人となる。
ヨシアスは、自分のアンテナに引っかからない女性には、アプローチをかけることはなかった。
船から荷物を降ろすマッチョリーダーを見て、
「あ、兄貴! また一緒にトレーニングいいですか?」
ナウウェン砦から出てきた若者3人が駆け寄ってくる。
「お! お前たち、筋肉を育ててたか? 筋肉は裏切らないからな!」
「イエス! マッスル!」
すでにディープな世界に馴染んでしまっている公国の若者達だった。
筋肉の疲れを取ることや食料の調達で砦には3日間の滞在となる。
7月15日、ついに辺境伯長男のアルフレドに会うために、北西部ウェイク砦へと出発する。
北へ向かうほどに、未開の地という印象が強くなってくる。
2日間の行程を経て、ついに小さな砦が見えてくる。
「あんな小さな砦に、辺境伯家の長男がいるんですかね?」
マッチョリーダーが話すのも無理はなく、砦は高さが10m、縦横20mほどしかない煉瓦造りの見張り台のようなものだった。
周辺には人家は見当たらず、細い道以外は草木で覆われていた。
「いるよ。じゃあ、作戦通りに頼む」
作戦というほどでもなかったが、高速船を砦の近くに着けヨシアスを降ろしたら、すぐに戻ることになっていた。
もう一度迎えに来ることも拒否していた。
「上手くいけばアルフレドが船を出してくれるだろうし、いかなかったら幽閉される可能性が高い。来る必要はない」
そういったところは冷徹な考えのできるヨシアスだった。
砦近くに降ろしてもらうと、すぐに砦から3名の兵士がやってくる。
ヨシアスは手を挙げたまま、接近してきた兵士達に向かって、
「ユラニア士官学校時代の悪友ヨシアスが訪ねてきたと伝えてくれ!」
と大声で訴えかける。
2人の兵士は見張ったまま、一人が砦に戻っていく。
やがて、一人の金髪が美しい涼やかな目をした男が馬に乗りながら接近してきた。
「ヨシアス!」
そう言うと、ヨシアスの手を握り、ブンブンと振り回す。
「久しぶりだな。アルフレド」
互いに昔に思いを馳せながら、二人は砦に向かって歩いていった。
「いやあ、お前と会うのは10年ぶりになるか。で、お前、領地はどうした?」
アルフレドは詰め所の広間で、飾り気のないマホガニーの椅子に座り、部下にワインを持ってくるように命じる。
椅子をすすめられたヨシアスは、粗末な椅子が壊れないか気にしながら、こわごわと座る。
「俺は今、ノイエラントのレオンシュタインのところで働いてる。と言っても、好きなことをやってるだけだがな」
ワインを持ってきた部下が一瞬、その理由に反応する。
それでも、なるべく音を立てないように、アルフレドの前のテーブルに置く。
アルフレドは2つのワイングラスに白ワインを注ぎ、ヨシアスと久々の乾杯をする。
ヨシアスは白ワインを一口飲み、毒がないことを確かめる。
(まあ、そんなことする奴じゃなかったし)
そんな懐かしさを楽しむ二人とは別に、周囲の兵士は色めき立っていた。
「アルフレド様、こ奴は敵国からの使者。本国から疑いの目で見られますぞ」
その焦った様子を面白そうに眺めながら、ヨシアスはそれに返答する。
「疑いの目……。本国から冷遇されてこんな所にいるのに? 敵国と本国、どっちが危険かわかってんの?」
アルフレドは部下達を手で制し、部下達は口をつぐんでその場で直立する。
「ヨシアス。相変わらずだな。で、本当に何の用だ?」
警戒の色を強くしてアルフレドが訪ねると、ヨシアスは前置きもなく本題に入る。
「そりゃあ、うちとしては北方からあのゲオルフとかいうスケベ野郎を牽制してほしいんだ」
「本気か? そんなことできるわけがない」
「そ? ノイエラントが陥落したら、次はここが攻められるって分かってるだろ、元士官学校次席さん」
ユラニア時代のことを持ち出しながら、ヨシアスはアルフレドを挑発する。
「お前の国のおかげで、ノイエラントは滅亡しそうになったんだからな。たいした理由もなく勝手に攻めてきて無法国家かよ」
「貴様、アルフレド様に失礼な」
「失礼なのはそっちだろ。お前の国は戦争を楽しんでんだよ!」
ヨシアスにしては珍しい正論だった。
「お前、士官学校時代に語ってたよな。俺はみんなが幸せになる領土をつくるって。でも、実際やってることは、身内の人殺しがやってることを、見て見ぬ振りをしてるだけじゃねえか」
ついに部下達は剣を抜き、口々にヨシアスを非難する。
「お前の国がティアナとか言う女をユラニア王国に差し出さないのが悪いんだろ」
ヨシアスはニヤリと笑い、更に反撃を開始する。
「へえ、ティアナさんを差し出すのはユラニア王国だったの? 俺、その使者にたった時、シュトラント伯が正室として迎えたいって説明されたんだけど。なるほどねえ」
ヨシアスは不敵に笑い、自分に話してきた兵士を問い詰める。
「それとさあ、お前、何言ってんのか分かってる? 王国が命令したら、自分の恋人を喜んで差し出すって言ってるよ? お前、恋人より、王様が好きなの? あんな老人を?」
ヨシアスに言われた兵士は、顔を青くして黙ってしまう。
自分の恋人のことを思い出したのだろう。
ヨシアスは立ったまま、アルフレドに手を向け、昔のように非難を始める。
「あと、アルフレド! お前、いつの間につまんねえ男になったな。どんな理不尽な命令もホイホイ受け入れる『大人』になったって言いてえのか?」
「俺を使ってるレオンはな、お前と違って嫌なものは嫌だって言える奴なんだ。それが、この大陸で一番の王様であってもな。お前ら、ティアナさんがどんな女の子だか知ってんのか? 美の女神なんだよ。誰がヒヒ爺なんかにやれるかよ。ふん」
後半は大分、自分の主観と好みが混じっていたけれども、それなりにその場の雰囲気を引き寄せていた。
アルフレドは、ゆっくりと立ち上がりヨシアスに近寄っていく。
「俺がつまらないか? ヨシアス!」
「ああ、つまらないね。お前は誰の人生を歩いてるんだ? 親父の言うことを聞いて、辺境の砦で魚釣りなんて、年取ってからいくらでもできる。お前が人生やりたかったことって、これかよ!」
アルフレドはヨシアスの背後に回り、スラッと腰の剣を抜いた。
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