第256話 わかりにくいぞ、ヘレンシュタイク公国

 王国歴165年6月19日 午後5時 ヘレンシュタイク領の船着き場にて


「止まれ! 何者だ!」


 ヘレンシュタイク公国の兵士は、基本的に騎兵である。

 近寄ってきた兵士達は、袖無しのペリゾンという皮で裏打ちされた膝丈の服を着ている。

 その下には鎖帷子が見え、軽装騎兵の戦士であることが分かる。

 フォルカーは手を上げ、敵意がないことを示す。


「私はノイエラントから派遣された副宰相のフォルカーといいます。ヘレンシュタイク公にお目にかかることは可能でしょうか?」


「副宰相? ノイエラント? レーエンスベルク辺境伯軍と戦って勝った小国だったかな」


 兵士はやや高慢に見える対応を取ったが、それでも悪意はないように見える。

 隊長らしい男は1つの質問をしてくる。


「ノイエラントの当主は、元シュトラント伯爵の三男レオンシュタイン殿か?」


 伯爵家の三男を覚えているとは珍しいことだ。

 そうだと答えると、隊長は何かを考えつつ、フォルカーを砦に案内する。


「今日は砦内でお休みください」


 そのまま、食事も出され、屋根のあるところで休むことが出来たフォルカーだった。


 次の日の朝、朝8時少し前に、フォルカーは目を覚ます。

 顔を洗ったあとで、高速艇が砦付近にやって来ることを説明した。

 隊長はあっさり許可し、砦の近くで停泊してもよいことになった。

 フォルカーは好意に感謝しつつ、川のそばで高速艇を待っていた。


「イージー、マッスル~」


 聞き慣れた声が響き、高速艇が停止する。

 フォルカーから話を聞き、マッチョ隊一同はほっとして地面に降りる。

 高速船を陸の上に上げると、自分たちはさっさと筋トレを始めてしまった。


「ま、まあ、いいでしょう」


 隊長は頬をやや引きつらせながら、害はないだろうとマッチョ達の滞在を許可した。

 また、隊長はフォルカーを公都に案内することを伝える。

 公都はナウウェン砦から内陸へ約100kmほどにあり、馬車で2日かかる行程である。


 フォルカーは、艇長に1週間後に迎えに来て欲しいと話し、馬車に乗り込む。

 そして、そのまま公都に向かって出発するのだった。


 §


 公都レクステアはヘレンシュタイク公国最大の都市であり、人口は10万ほどである。

 遊牧が主要産業であり、部族ごと、季節ごとに定住と移住を繰り返している。

 移住は決まったルートで行われることが多く、交易で生計を立てる部族もある。

 遊牧をしない部族は定住し、商業や農業にいそしんでいるが、割合は低い。


 公都には本城としてオルボール城が存在しているが、大きな建物が連なって並んでいるだけで、石垣などはない。

 木組みの骨組みと白い漆喰で壁が造られ、屋根は赤黒い煉瓦造りである。

 1つの建物が50m×20mの長方形であり、それが5つ連なっている。

 高さも20mほどで、2階までしかなかった。


 歴史を感じさせる廊下を案内されて歩いていくと、突如、視界が広がり、謁見の間が広がっていた。


「ヘレンシュタイク公にお目通りが叶いまして、望外の喜びでございます。本日は公国との親睦を深めるために、我が主レオンシュタインから親書を預かっております。どうぞ、ご確認を」


 護衛騎士がフォルカーから親書を受け取ると、安全を確かめてからヘレンシュタイク公フレゼリク2世に手渡す。

 フレゼリク2世は既に齢が70歳を超えるはずだが、まだかくしゃくとした動きで親書を受け取る。

 親書を読むと、遠くから訪問したフォルカーの労をねぎらう。


 周囲に並んでいる重臣達は複雑な表情でフォルカーを見つめている。

 フレゼリク2世は、傍らに控えている騎士を指さし、1つの提案を行う。


「この者をノイエラントに派遣する。親書の答えは、この者が直接伝達することでよいか?」


 フォルカーは頭を下げながら受託すると、フレゼリク2世はゆっくりと謁見の間から去っていった。

 重臣達もその後を追って、謁見の間を出て行き、フォルカーと公国の執事だけが残される。


(まじッスか。イマイチ、公国の狙いが分かりにくいッス)


 執事からは晩餐会などは開かれないと教えられたが、ゆっくりと休むように一室を案内される。

 格式はそれなりに高い部屋のようだが、古めかしさは隠しようがない。

 窓の外には、小さな住宅や丸い形の移動式住宅がたくさん立ち並んでいるのが見える。

 色も青、赤、緑など日に焼けた原色が特徴的だとフォルカーの興味は尽きない。


 しかし、騎士を派遣とは好意なのか悪意なのか。

 対応策を考えながら、いつの間にか眠りにつくフォルカーだった。


 フォルカーが公都に滞在したのは1日だけとなった。

 翌朝、すぐに馬車を用意され、砦に移動することになった。


 砦に戻ってきたのは王国歴165年6月25日のことで、夕方近くに到着すると、マッチョ軍団が筋トレをしているのが目に入った。

 聞いてみると、比較的厚遇されたらしく、何と筋トレ仲間まで出来たというのだ。


「筋肉に国境は無い。頑張っただけ筋肉は身につく。筋肉は裏切らない!」


 上腕をアピールしながら、マッチョリーダーは答える。

 そのまま砦で1泊し、フォルカーはとんぼ返りでノイエラントに戻ることになった。


 フォルカーは、騎士の世話をすることになったのだが、ずっと鎧を着けたままで過ごしている。

 暗殺を恐れてのことかもしれないため、特に自由にするように話す。

 たった一人で高速艇に乗り、外交に来るのだから剛胆な人物だろうとフォルカーは推測する。

 身長も180cmを超えている。


(騎士団の副団長ってとこッスか)


 使者が沈黙を貫いたまま、船はノイエラントに向かって進んでいく。

 風を使うことが出来ないため、やや到着まで時間がかかってしまう。


 王国歴165年7月2日の昼には、クリッペン地区の船着き場に到着していた。

 さすがにフォルカーや公国の使者は疲れを見せていた。

 それでも、出迎えに来ていたレオンシュタインにフォルカーは報告する。


「レオン様。ヘレンシュタイク公国と折衝し、使者をお連れしました。そういえば、御使者の名前は?」


 その瞬間、使者はレオンシュタインの前に立つ。


「レオン。あんたも出世したね」


 女?

 しかも、レオンシュタインはその声に聞き覚えがあった。

 でも、それが誰だか思い出せない。


「わかんないか。もう10何年も前だしね」

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