第255話 ヘレンシュタイク公国へ
王国歴165年6月15日 午前9時 クリッペン地区船着き場にて――
「今日もマッスルをみなぎらせていくぞ!」
「オス!」
「下半身も使うぞ!」
「イエス! マッスル!!」
全員で肩を組みながら、出発前のコールを行う1号艇のチーム「大胸筋」は朝から暑苦しかった。
ボートを漕ぐメンバーには細いマッチョが多く、やや意外な印象を受ける。
チーム「大胸筋」は、漕ぎ手が6人、帆を操る
横で見ているフリッツは、興味深そうにそれを眺めていた。
見送りに来たグラビッツも同様である。
「いやあ、頼もしいッスね。あのメンバー、一気にヘレンシュタイクまで行くって張り切ってますよ」
グラビッツはフォルカーの首に腕をかけ、最後のアドバイスをする。
「フォルカー、無理するなよ。命が一番だからな」
「師匠。逃げるのは得意ッスよ」
そう言って握手をした後、1号艇に乗り込む。
1日目はナレ砦、2日目はモーリッツ、3日目はクロートローテン、4日目はレーエンスベルク境界沿いの船着き場に泊まり込むことになる。
食事は各船着き場に用意することになっているため、船足は軽い。
ただ、最後の5日目だけは、ヘレンシュタイク公国のナウウェン砦に付近で停泊するしかない。
公国とは、ほとんど交流がないため、ノイエラントにどのような感情を抱いているかは分からない。
それでも、共通の敵レーエンスベルク辺境伯という一点で交流を広げたい。
「マッスル~ゴ~!」
かなりの早さでこぎ始め、フォルカーは感傷に浸る間もない。
あっという間に、中心街から離れ、森の中に入っていく。
「イージー! マッスル!」
スキッパーのかけ声に合わせて、チーム「大胸筋」の声が揃う。
「フォルカーさんも、さあ!」
スキッパーはにこやかに、しかも有無を言わせずにかけ声に加わるように要請してくる。
フォルカーは、そういったノリが大好物である。
1号艇のみんなと声を合わせて進んでいく。
「帆を上げろ!」
スキッパーの声で、三角帆が広げられる。
クルーは必死にバランスを取る。
夏は南風が吹くため、北向き航路はいつもよりも早い時間で進むことができる。
心地よい風が1号艇のスピードを上げていく。
「リラックス! マッスル!」
スキッパーのかけ声で、マッチョ達は櫓を上げ、休息に入る。
フォルカーは高速船の有用性に改めて気付かされる。
現在、4時間が経過し、すでに半分の行程を進んでいる。
食事休憩を1時間挟んでも、明るいうちに船着き場に着きそうだ。
結局、何事もなくナレ砦の船着き場に着き、干し草のベッドでゆっくりと休むマッチョ達だった。
そのまま、4日目まで何事もなく船は進んでいく。
川幅は少しずつ広がり、4日目には20mほどになっていた。
水深も深く、流れはとろりとしたように、ゆっくりと流れていく。
ただ、川の両端には森しか見えず、人々の生活の跡は見つけることができないのだった。
4日目の夜に着いた、レーエンスベルク領との境界の町バンデルピットでは、さすがに艇長を交えて明日の対応策を話し合った。
「フォルカーさん。バンデルビットからナウウェン砦までは約8時間かかります。しかも私たちの停泊場所がありません」
その先のことを決断してほしいということだろう。
フォルカーは命をかけているけれども、チーム「大胸筋」のメンバーには命をかけろとは言えなかった。
「砦の近くには旧シキシマ領があり、確かナナエという村があったはず。そこに降ろしてもらおうかな」
艇長は首を縦に振らなかった。
「フォルカーさん。ナナエは既に廃村になっているはずです。その上、砦までは歩いて2日程度かかります。地図上のことですから、実際はその倍はかかると見た方がいいですよ」
危ないというのだ。
そのため、艇長は1つの提案をする。
「フォルカーさんを砦付近に降ろしたら、私たちは一度ナナエに移動します。次の日の朝8時に砦の近くまで行きます。いなかったら、一旦、境界の町バンデルピットに戻ります。そして、3日後、再度砦の近くまで行きます」
それ以降の提案はなかった。
上陸の次の日に1回、3日後に1回、迎えに来るということを確かめ、それでいくことにした。
王国歴165年6月19日 午前8時 境界の町バンドルビットの船着き場にて
「マッスル~ゴ~!」
なぜ、ゆっくりと出発することができないのだろう。
いつも通り、かなりの早さでこぎ始める中、フォルカーは作戦のことを考える。
(ま、何とかなるッス)
体力温存のため、毛布にくるまり仮眠を取りながら進む。
さすがにマッチョ達も静かに櫓を漕ぐ。
廃村のナナエを確認し、その近くに艇を寄せる。
昔の船着き場らしい場所は浅くなっていたため、近寄ることは出来なかったが、艇を持って近づく頃は出来そうだった。
すぐに、ナナエを離れ、目的地に向かう。
「前方に砦見ゆ。恐らくレイナウウェン砦」
艇長の言葉にフォルカーは目を覚ます。
砦からは煙が出ており、人が滞在していることが分かる。
しかも、既に艇を視認しているらしく、砦から様子を観察している。
フォルカーは、砦の船着き場前に艇を止め、自身はすぐに跳び下りると、艇長にはすぐに戻るように命令する。
「クイック、マッスル!」
すぐに漕ぎ出すと、あっという間に艇は見えなくなってしまった。
(さて……)
砦に向かって歩いて行くと、すぐに中から兵士が近寄ってきた。
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