第3章 今度はこっちから行くぜ

第254話 悪い知らせが舞い込んだ

 王国歴165年6月10日 午前9時 ノイエラント士官学校 第1会議室にて―


「悪い知らせが舞い込んだ。密偵からの情報によると、王国で食料の流通量が減り、王城に集められているという話だ」


 会議室には、主席参謀長グラビッツの他に、次席参謀長シノ、副宰相兼次席参謀長フォルカーの姿が見える。

 1つの大きな机の上には、2m四方の白地図が置かれ白地図が置かれ、その白さが3人の緊張を高めている。

 防諜を考えられた6m四方の会議室は、窓がなく、息が詰まりそうな圧迫感がある。


 ただ、姿勢良く座っているシノの姿が、緊張を和らげるのに一役買っていた。

 百合のような肌の白さをもつシノは、最近、とみに美しさが増したとの評判でファンも多い。

 いつもよりは抑えた香水の匂いが、黒髪から漂ってくるようだった。


 フォルカーとシノは、椅子に腰掛けたまま、グラビッツの次の言葉を待つ。


「俺は、ユラニア王国がもうじき再侵攻すると考えている。今日はその対策を話したい」


 悪い知らせどころか最悪な知らせだった。


「師匠、戦力差がきついッスね」


 グラビッツは兵の人数を地図の横に書き始める。


「ノイエラントには第1中隊300名、第2中隊300名、第3中隊200名、第4中隊200名の合計1000名が動員できる。予備役は200名」


 続けてシノがシキシマ地区について説明を始める。


「ノイエラントに編入したシキシマ地区は、軍を再編しています。サムライが2000名、予備役は1000名ほどです」


「さすがシキシマは動員数が多いですな」


 グラビッツは、人数を書き込みながら声が弾む。


「ヴァルデック地区は、現在第5中隊200名が駐屯しています。予備役等はいないッス」


「ということは、ノイエラント軍としては3200人、予備役1200人となります。総動員できるのは4400名です」


 中々の多さに、少しだけほっとした雰囲気が会議室内に広がる。

 けれども、グラビッツは表情を緩めない。


「対するユラニア王国は、直属兵2000人、王国親衛隊100名、そのほかの公爵家などの動員兵を合わせると、約10000人が動員できます」


「また、レーエンスベルク領は5400名、コムニッツ領2200名、グンデルスハイム領1100名、シュトラント領1000名の計9700名です」


 王国側は約20000名という動員数が表示される。

 ノイエラントの4倍である。


「まともにやり合うのは愚だ。まして、敵には王国親衛隊や騎士団といった手練れが多い」


 シノは眉を顰めて、懸念を述べる。


「各個撃破か籠城か。籠城にしても、我が国は堅固な城を持っていませんね」


 ナレ砦は強固になりつつあるが、そこから大軍は攻めてくる可能性は低い。

 また、ヴァルデック城は平城で籠城には向かない。

 まして、クリッペン地区には、侵入を拒む壁すら設置されていない。


「ただ、師匠。籠城といっても2万の軍を防げそうな城は、王国広しといえど、辺境伯領のホーエンシュヴァンガウ城くらいしかないッスね」


「まあ、そうだな」


 グラビッツは、にやりと笑うと、


「さすが我が弟子だ。答えを出すとは」


 フォルカーの胸にどんと拳をぶつける。

 シノは興味深そうに緑の目を二人に向けている。


「いやいやいや、師匠、無理ッスよ。そもそも、強兵で鳴るレーエンスベルク兵を倒すことすら大変なのに」


「いや、戦いはしない。城を貸してもらうんだ」


「貸してもらう?」


「考えろ。我が弟子よ。あと辺境伯には弱点がある。そこも狙い目だな」


 そこまで話すとグラビッツは、当面の目標を伝達する。


「王国の侵攻には、足止めする城が必要です。それがホーエンシュヴァンガウ城です。そこを接収すれば、我が軍と掎角の備えが完成します。それと辺境伯の兵を動けないようにしてみましょう」


 その後の極秘の説明を聞き、シノとフォルカーは驚愕する。

 けれども、グラビッツは涼しい顔だ。


「とにかく、使えるものは何でも使わせてもらう。それに、楽して勝つが俺のモットーだからな」


「今だに、それッスか?」


「連絡役はお前に任すぞ。そろそろ、諜報活動を覚えていい頃だ」


 グラビッツはシノにはレオンシュタインへの説明を頼み、すぐに作戦に取りかかると説明する。


「王国の侵攻が分かった時点で、この作戦を実施します。今は種まきです」


 そういって、会議は終了した。


 次の日からフォルカーは士官学校にこもり始める。

 まずは、出来たばかりの高速船を活用することにする。


「工房長、まずはレーエンスベルクまで高速船を走らせたい。積み荷は俺ッス」


 工房長は何も理由を聞かず、


「どこまで運ぶのですか?」


 場所を確認してくる。

 フォルカーは地図上の一点を指し示す。


「ナウウェン砦だ」


 レーエンスベルク辺境伯領の南西に位置するクロップ砦に対抗して造られたヘレンシュタイク公国の砦で最前線に位置する。


「行けるか?」


 工房長はしばらく熟考し、一つの結論を出す。


「段階が必要です。まず、シュトラント伯領に中継地点を1つ設けること。そして、ナウウェン砦と連絡をとることが必要になりますね」


「高速船は現在、二艘が稼働しています。船はすぐに作れますが、船を漕ぐマッチョ達はすぐには募集できません。被害0でお願いしますよ」


 フォルカーは、それを約束し、すぐに工房長と計画を進めていくのだった。

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