第248話 水面下の動き

 その様子を見ていた帝位継承権第1位長男ヨウハン、帝位継承権第2位の長女エメリアは苦い顔つきとなる。

 常に次女フラプティンナが外交や演奏会で出しゃばるのを苦々しく思っていた。

 二人とも整った顔立ちで十分に美男美女なのだが、どうしてもフラプティンナが目立ってしまうのだ。

 

「父上にも困ったものだ。フラプティンナに甘すぎる」


 けれども、二人ともフラプティンナの代わりにノイエラントまで船旅をするのは、ご免被ると考えていた。

 そんな小さな国に行くのは、帝国の威信に関わるといった歪んだ自意識をもっていた。

 謁見の間から揃って出て行くときに、長女エメリアが周囲を見回し、誰もいないことを確かめると長男ヨウハンにそっと近づく。


「兄上、ご存じですか? ユラニア王国から極秘の使者が来たことを」


 エメリアは低い声で兄の耳にささやきかける。

 ヨウハンは知らないと答えると、エメリアは暗い笑顔である事実を伝えてくる。


「実は、ユラニア王国から友好を深めるために、フラプティンナへ婚約の申し込みがあったのよ。誰からだと思う?」


「誰? 王太子?」


「それが違うのよ。ユラニア王よ!」


 ヨウハンは信じられないという風に手を振る。


「ユラニア王って、確かもうすぐ60歳くらいだろ? それが40も年下の他国の王女への結婚だなんて、よく父上が怒らなかったね」


「大激怒よ。でも、飢饉が発生していたから、一応目通りを許したらしいわ」


 エメリアはヨウハンを近くの小部屋へと誘う。


「実は私にも贈り物があったのよ。王国のヴェルレ公爵様からは、ご挨拶にと宝石が散りばめられた首飾り、それに宰相様からも宝石の腕輪や金の延べ棒が山のように」


「俺には来なかったがな」


 ヨウハンは悔しそうな表情になる。

 帝国の跡継ぎでありながら軽んじられていると思ったのだろう。

 

「次からは来るわよ。で、どう思う? 王国の申し込みは」


 ヨウハンは少し考えると、


「飢饉の解消のためにフラプティンナが嫁ぐことは、それほど悪いことじゃない。王国と結びつきを深めるのはよいことだ。ノイエラントなんて小さな田舎と結びついても、いいことはない」


 と、自分の考えをエメリアに伝える。

 兄の気持ちを聞いたエメリアは、安堵したように息を吐き出すと、さらに暗い目つきになる。


「兄様。次に申し込みがあったら、父上に進言してくれる? お受けするように、と」


「ああ、分かった」


 そして、二人は小部屋から出て、自分の居室に帰っていくのだった。


 数時間が経ち、輸送計画がまとまった宰相は、皇帝に報告するために謁見の間に移動する。

 皇帝は和かに宰相を出迎えながら、詳細な計画にについて尋ねてみる。


「現在、我が国の外洋運搬船は10隻ございます。それを全て輸送に回します。また、現在建造中の外洋運搬船は2隻で、進水が5月となっています。そのうち、一隻はノイエラントからの研修生が製作に関わっております。この2隻を輸送に利用しましょう」


 その結果、輸送に約半年がかかることが告げられる。


「半年後には我が国での収穫が見込めるが、輸送は継続しよう。何と言っても、食料はいくらあっても悪いことはないからな」


「陛下。また、ゴート族へも使いを出すべきでしょう。仲介はレオンシュタイン殿ですが、実際に売却してくれたのはシキシマのマサムネ殿です」


 それを聞いていたヴィフトは、この援助には2つの隠された目標があるのではないかと疑いを持つ。

 1つ目はゴート族への偏見を減らすこと、2つ目はノイエラントは王国として振る舞おうとしているのではないかと。

 

(レオンシュタイン殿は、そのようなことに疎い。では、レネ殿かフリッツ殿に、そういった思惑があるのか? 用心しなければならないな)


 そう考えたヴィフトは、次にノイエラントへ派遣する領事に自分の息がかかった者を派遣することに決める。

 ヴィフトが考えこんでいる間に、宰相は船に関して1つの提案をする。


「陛下。ノイエラントの2人が制作に携わっている外洋船は、運搬が終わり次第、ノイエラント側へ引き渡してはいかがでしょう?」


 皇帝は鷹揚に頷き、その提案を受け入れる。


「また、輸送の際にもノイエラントから船員を出してもらうとよいでしょう、彼らの練習にもなりますから」


 宰相の優しすぎる提案を是としつつ、ヴィフトも皇帝へ進言する。

 

「我が国への友好を示している国には、やはり優遇が必要です。ユラニア大陸ではノイエラントだけですからね」


 実際、友好国が少なかったために、現在、食料の輸入が滞っている。


「輸送はそれで良いとして、食料生産も上げていく必要があります。さらなる生産計画も立てていかなければなりません」


 グブズムンドルにも春が少しずつやってきて、窓の外の雪は消えつつあった。

 ノイエラントからの米で、人々の表情にも明るさが戻るだろう。

 けれども、その水面下では様々な思惑が渦巻いているのだった。

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