第249話 王国の暗躍

 王国歴165年4月25日 昼13時 ユラニア王国 王都シュヴァーリン ヴェルレ公爵の館にて――


「二人とも、ご苦労だったな」


 ヴェルレ公爵オットーは絵に囲まれた応接室の中で、窓際から離れた椅子に座って2人の使者を見つめていた。

 金色と赤の装飾で彩られた2mほどの高さの椅子で、肘掛けは黒い革で覆われている。

 昼であるにも関わらず、窓には所々遮光カーテンが掛かっており、部屋の雰囲気は以前謁見したときよりも薄暗くなっていた。


「まず、グブズムンドルの使者から聞こうか」


 使者は立ち上がり、オットー卿を見ないように目線を下げながら報告する。


「シーグルズル7世は、フラプティンナ姫への婚約の申し出を拒否しました」


 オットー卿は肩頬を歪め、皮肉めいた笑いで使者を見つめる。


「当たり前だ。けれども、謁見してもらえただけで収穫だ。よほど、飢饉が酷いと見える」


 立っている使者は、微動だにせずにその場に立っている。

 隣の使者は右膝をついたまま、頭を下げて黙ったままだ。

 あの手も足も出ないと思われていた帝国が、意外に脆そうな事が分かり、オットー卿はご満悦だ。


「もしかしたら上手くいくかもしれないな、アルムゲイル」


 使者の横にいつの間にか立っていたアルムゲイルは、青白い顔を恭しく下げる。

 凶戦士との呼び声が高いアルムゲイルは、腰にロングソードを下げ、胸を反らしたまま立っていた


「そのほかの首尾はどうだったのだ?」


「長女エメリア様には、首飾りを贈りました。宰相からも贈り物が届いていたようです。下知の通り、フラプティンナ姫の婚約を後押ししてくださるようにとお願いしました。脈は大いにありそうです。あの長女は次女のことを嫌っております。そこが狙い目かと」


 思いの外、グブズムンドルでは収穫が多かったようだ。

 帝国が一枚岩で無いことが分かり、オットー卿は小さな笑い声をあげる。

 どの世界にも欲にまみれた人物は存在しているものだ。


 アルムゲイルは用意していた麻袋を使者に手渡す。

 使者はその袋を持つと、存外、重い。


「よき働きであった。では、1週間後にまた帝国に渡ってもらう。その時まで、しばらく羽を伸ばすがいい」


 使者は頭を下げると、黙って部屋の中から出ていく。


「では、クリッペン村の方はどうだったのか?」


 オットー卿は召使いに飲み物を用意させるべく手を挙げる。

 部屋の隅に控えていた召使いの女は、すぐに部屋を出ていった。


「申し訳ありません。砦は既に防衛が強化されておりました」


「そうか。中に入れないようになっていたのだな」


「はっ。退……」


 その瞬間、召使いがワインを持って入室してくる。

 アルムゲイルは鋭い目で使者を制し、使者はすぐに口をつぐむ。

 ワインを置いた後、召使いを部屋から下がらせ、報告の続きを話すようにアルムゲイルが促す。


「ナレ砦の攻略に失敗しました。同時に村に潜んでいた同胞も、呪禁師じゅごんしに調伏されました」


 オットー卿は顎に手をやり、しばらく考え込む。

 アルムゲイルは村の要注意人物を話すように促すと、テーブルを用意し、使者を椅子に座らせる。

 テーブルの上には、紙とペンが用意されていた。

 使者は、まずアリカタの名前を述べる。


「アリカタは呪禁師で、これまでも魔族を多く倒しております」


 アルムゲイルはハタと手を打ち、記憶を蘇らせる。


「シキシマで暴れた男だな……」


 報告の中では、かなりの実力者であることが報告されていた。

 次に名前が挙がったのは、フォルカーだった。


「このフォルカーという男、魔法を使えず、呪禁師でもないのに魔族を倒しております」


「そういった男は扱いにくく、要注意だ」


 そこまで話したとき、使者はおずおずとアルムゲイルにあることを尋ねる。


「……アルムゲイル様。私の妻は元気にしているでしょうか?」


 それを聞き、アルムゲイルは無表情のまま、


「元気だ。ただ、お前の前任者がどうなったか、それを考えながら働くことだな」


 と答える。

 使者は力なく頭を下げ、唇を見えないように食いしばる。


「……分かっております」


 そのあと、情報を全て話した後、ようやくオットー卿が口を開く。


「ところでティアナの居場所だが、分かったのか?」


「ノイエラントにおります」


 一番聞きたい情報だったので、オットー卿は褒美を与えると使者を下がらせる。

 すでに、時刻は16時を過ぎていた。


「アルムゲイル。ノイエラントへの再侵攻を考えてくれ。時期は9月過ぎがよいだろう。今年の作柄がどうなるのか、楽しみではないか」


 オットー卿は最近、自分の周辺を嗅ぎ回っている人物がいることに気付いていた。

 ただ、それが誰の命であるのかは、証拠が不十分だ。


「ところで」


 オットー卿は話題を変える。


「あの魔法兵団副団長の一族はどうした?」


 アルムゲイルはニヤリと笑って、


「全員、適切にしております」


 と答える。

 それを聞いたオットー卿は、愉快そうに笑いを部屋に響かせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る