第250話 ワイバーン、空を翔る

 王国歴165年4月20日 午前10時 グスタフの飼育場の前にて――


「大分、高くまで舞い上がれるようですね」


 グスタフとレネは、眩しそうに青空を眺めながら、その紫色のワイバーンが小さくなっていく様子を見つめている。

 ヤスミンの乗ったヒメルは、下からだと1cmくらいの棒にしか見えない。


 ヤスミンは暇があればヒメルを操る練習をしており、今やグスタフよりも上手なくらいだ。

 ヤスミンに一番懐くようになり、話していることがある程度理解できているようにも見える。


 やがて、ヒメルは急降下を繰り返しつつ、ようやく地上にふわりと降りてきた。


「調子は良いようだな」


 グスタフはヤスミンに話しかけ、一緒にヒメルを水飲み場に連れて行く。

 ヒメルとは空という意味があり、ヤスミンはその名前がとても気に入っていた。

 ヤスミンは、好物の林檎を何個も口元に差し出す。


「ヒメル、いいとび方だったよ」


「クルル」


 やはり、言語を理解しているようにも思える。

 グスタフはヒメルの世話をヤスミンに任せ、今日の最大の実験について、レオンシュタイン一行に説明を始める。


「今日は1日にヒメルがどれだけ遠くまでいけるのかを実験します。活躍の場を広げたいですから」


 ヤスミンが口紐で誘導しながらヒメルを誘導してくる。

 この4mほどのワイバーンには、無限の可能性が秘められている。


「ヤスミン、大丈夫か?」


 レオンシュタインの声に、ヤスミンはヒメルの首を優しく触りながら、自分自身も大きく頷く。

 実験は極秘にしておきたいため、飛ぶ方向はシキシマ方面に決定する。

 シキシマであれば、どこでも水を飲ませたり、餌をあげることができるだろう。


「じゃあ、行ってくる。ヒメル、お願いね」


 ヤスミンが背中の鞍に腰掛け、優しく話しかけると、ワイバーンは分かったという風に大きく嘶く。

 そして、翼を広げると力強く羽ばたき、あっという間に高く舞い上がると、一行の視界から消え去ってしまった。

 グスタフはその場に残って計算をつづけていることにし、そのほかは一旦仕事に戻ることになった。

 いつ戻ってくるのか分からないため、三々五々に解散となった。


 その頃、ヤスミンは息ができないくらい、顔に風が当たっていた。


「寒い! 寒いよ! ヒメル!」


 ヒメルはそれに気付いたのか、スピードを少し落としている。

 その機会をとらえて、ヤスミンは背負っているバックからフルフェイスの鎧を頭から被る。

 軽量で前が見えるように目の周辺を大きく削っていて、寒さはかなり減ったように感じる。

 下に見えていた山々が見えなくなり、やがて多くの水田が見られるようになってきた。

 水田はキラキラと陽光を跳ね返し、また、青空と白い雲をその水面に映している。


「綺麗だねえ」


 ヒメルは下からの風を翼に受けて、高く舞い上がり、やがて高高度から滑り降りるように前に進んでいるのが分かる。

 

 やがて、シキシマ風の建物が下に見え始め、シキシマの首都ヤマトの上空を飛んでいることがわかる。

 ヒメルはそのまま首都を通り抜け、さらに北へ北へと進んでいく。


 出発してから2時間ほど経っただろうか。

 ヒメルが高度を下げ、ようやく地面へと舞い降りる。

 周りには人家も無く、ただうっそうとした森が広がっていた。


「おつかれさま、ヒメル」


 ヒメルの背中から降り大きく背伸びをすると、積んでいた林檎を何個も取り出す。

 その林檎の入った籠をヒメルの前に置くと、嘴でついばみ、砕いて食べ始める。

 ヤスミンはヒメルを優しく撫でながら、自分も食事を取り始める。


 ヒメルは積んできた20kgほどの林檎を全て食べてしまうと、大きく欠伸をして地面に座り込む。

 首を折り曲げて、目を瞑ってしまった。

 ヤスミンも小さく欠伸をしながら、ヒメルの側に近寄り、身体を預けながら一緒に眠ってしまった。


 1時間ほど経っただろうか。

 ヤスミンが目を覚ますのと同時に、ヒメルも目を覚まし、大きく翼を広げる。

 そして、嘴で鞍の方を差し、乗ってというふうな仕草をする。


「もう飛べそう?」


 そう言いながら鞍に乗る。

 

「じゃあ、家に戻ろうか」


 それ聞いたヒメルは、また大きく羽ばたき、空へと舞い上がる。

 近くに大きな塔があるのが目に入る。

 そうして、グスタフの飼育場まで、楽々と戻っていったのだった。


 グスタフはヤスミンの話を聞き、大きな塔の近くということから、キタカミという場所まで飛んだと推測する。

 時間は合計5時間で、休憩は1時間ほどだったことから、馬車で5日かかるところを、2時間ほどで飛んでいったことになる。


「いやはや。ワイバーンがこれほど早く空を飛ぶとは思いませんでしたね」


 レネが目を丸くしながら、地図を眺めている。

 往復4時間で10日分の距離を進んだことになる。

 緊急の通信手段として、これ以上早いものは存在しない。


 今回は20kgの荷物を積んでいたのだが、それは全く飛行の妨げにはならなかった。


「じゃあ、二人乗りなんかも試してみるか」


 翌日からも、様々な実験が行われ、二人乗りも可能であること、条件が良ければさらに遠くまで飛べることが確かめられる。


「自分が思った以上の成果だ」


 グスタフは無理をさせないように、さらに大事に育てることを決意するのだった。

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