第247話 グブズムンドル帝国へ春の便り

 王国歴165年4月16日 午前9時 グブズムンドル 帝王宮 謁見室にて――


「ノイエラントへの駐在、ご苦労であった」

 

 巨大ではあるものの質素さを感じる謁見の間である。

 皇帝を中心として、宰相や大臣がずらりと並び、さらに第1王女を初めとする王女たちが並んでいる。

 謁見の間は大きな暖炉で囲まれており、外の寒さを全く感じさせない。

 領事の4名にねぎらいの言葉をかけるシーグルズルズル7世に向かって、総領事のは深く頭を下げる。


 総領事が周囲を見渡すと、閣僚であっても体重の減少が目立っている。

 それは、閣僚の清廉さを表していて望ましいことではあるのだが、帝国の窮状を表しているともいえた。

 そのため、自分の報告が帝国を勇気付けられることを誇らしく思うのだった。


「宰相に申し上げます。ノイエラントのレオンシュタイン殿は我が国の窮状を聞き、シキシマから30万人の1年分に当たる米6万トンを調達されました。輸送に関しては、外洋船がないためグブズムンドル側で用意していただきたいとのことでした」


 周囲にざわめきが起こる。

 それが本当であれば、食料問題は大きく改善し、帝国民が飢餓状態から脱却することができる。

 宰相は聞き間違いと思い、再度、総領事に確認する。


「確認だが、6万人の米を確保したということかな?」


 6万トンはあまりにも多すぎる量だ。


「宰相、私は6万トンと申し上げました。30万人が1年間、食べていける量だとレオンシュタイン殿から伺っております」


 宰相始め、閣僚は一様にその場に立ち上がってしまう。

 シーグルズルズル7世も喜びを抑えきれず、椅子の肘掛けを握りしめてしまう。


 けれども、財務大臣は渋い顔つきになる。

 それだけの量であれば、かなりの高額であることを覚悟しなければならない。

 米10kgあたりの値段としては、銀貨1枚(約1万円)ほどは覚悟しなければならない。

 それでも、十分に安いとは思うが、王国のように小麦10kgが銀貨5枚になることもあるのだ。


「値段はいくらかな?」


 財務大臣は、できるだけ冷静に総領事に近づき、彼の肩を叩きながら確認をする。


「は、銅貨15枚(1500円)でございます」


 財務大臣は頭の中に銀貨という単位しかなかったため、苦い顔つきになる。

 肩に掛けた手を振り払い、その声は謁見の間に響き渡る。


「銀貨15枚など、支払える額ではないわ!」


「大臣。銅貨15枚でございます!」


 縋り付くように総領事は財務大臣の言葉を訂正する。

 周囲にいたヴィフトが再度確認する。


「総領事よ、確認するが米6万トン、値段が米10kgに対し銅貨15枚でいいのだな?」


「間違いございません」


 宰相とヴィフトは同時にシーグルズル7世に向き直り、満面の笑みで祝いの言葉を述べる。


「うむ、今年に入り、このような嬉しい便りは初めてである。これで我が国も窮状を脱しよう」


 シーグルズル7世の横で、誰よりも笑顔だったのは第2王女フラプティンナ姫だった。

 皇帝は1つの疑問を抱いていたため、独り言のようにヴィフトに問いかけをする。


「それにしても、マエストロ(レオンシュタインのこと)は、なぜ我が国に米を準備したのであろう?」


「ノイエラントは建国時に我が国から融資を受けております。それを恩に思っていることは間違いありません。また、あの御仁は他人の窮状を放っておけない人物と見ております。友好国として頼もしい限りです」


 宰相もそれに続ける。


「あのような小さな村に融資などと、その当時は反対したが、今となってはヴィフト卿に先見の明がありましたな。ヴィフト卿の言われるとおり、友好国の待遇が相応しいでしょう。領事館だけではなく、大使館も設立すべきです」


 運輸大臣は、大量輸送の計画を頭の中で思い浮かべていた。


「それにしても、6万トンの海上輸送はなかなかに骨が折れますな」


「そこは我が国の威信をかけて、早急に実施しなくてはならないな」


 輸送計画を決定するべく、宰相と運輸大臣が別室に急ぐ。

 また、食料の流通に関して、配給にするのか流通にするにか、農業大臣と財務大臣がこれまた別室に急ぐ。

 このような活気が生まれたことをシーグルズル7世は満足そうに眺めるのだった。


 その場に残っていたヴィフトに向かって、シーグルズル7世は思い出したように、


「ヴィフト卿。寒い中ではあるが、我が名代としてノイエラントに赴き、感謝の意を伝えてもらえないか。また、大使館の設置も提案してくるように」


 と提案してくる。

 ヴィフトは黙って頷く。

 そもそも、今回の案件は総領事が決定できる事柄ではない。

 ただ、飢饉という緊急事態であるからこそ、法を拡大解釈し、自国民の保護ならびに経済活動を結びつけて米を確保したのだ。


 すると、側に控えていたフラプティンナが皇帝に同行を願い出ていた。


「皇帝陛下。名代と言われるのであれば、面識もある私が相応しいと思います。どうかヴィフト卿とともにノイエラントに派遣してください」


 皇帝は表情を改め、ニヤリと笑うと、有能な第2王女をからかうことにした。


「レオンシュタイン殿に会いたくなったのかな?」


「陛下!」


 顔を赤らめながら怒るフラプティンナ姫を見ながら、臣下一同は笑いに包まれる。

 ヴィフトの推薦もあり、フラプティンナも同行することになった。

 冷たい北国の宮殿で、久々に心温まる出来事が起こったのだった。

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