第245話 父の思い、姉の思い

 シノの差し出す水を飲み、さらに何回か胃の中のものを吐き出すと、レオンシュタインの目にようやく光が戻り始める。

 シノは自分のキモノが汚れるのも厭わず、必死にレオンシュタインの看護に当たっていた。


「レオン様、気分はいかがですか?」


 頭を振りながら、ようやくシノに笑顔を見せる。


「うん。少しよくなってきた。シノさん、ありがとう」


 シノはレオンシュタインに抱きつき、涙をこぼす。

 マサムネもレオンシュタインの体調が気になり、部屋に入ってくる。

 そこにはシノとサツキが対峙する中に、レオンシュタインが横たわっていることに気付く。


 サツキは襦袢のまま、冷えた目で二人の様子を眺めている。

 レオンシュタインはシノを優しく離して、身体を起こすと、サツキに再度、同じ事を語り始める。

 

「サツキ殿。シノさんは本当に素晴らしい女性です(心の声→黒い部分もあるけど……)。だから、ずっと側にいてもらいたいのです」


マサムネは思わず身を乗り出す。


「うん。それは」


「私の領土が落ち着いたら、シノさんとの結婚……」


「おお! 結婚するということですか!! これは僥倖!!」


「レオン様、シノは、シノは嬉しゅうございます」


 シノは思わずレオンシュタインに抱きつき、泣き出してしまう。


「え? あの話を最後まで……」 


 横にいたサツキは、苦り切った顔つきになる。


「こんな冴えない女が良いなんて、貴方も物好きね」


 レオンシュタインはゆっくりとサツキを見つめると、言い聞かせるように語りかける。


「シノさんは、少なくとも誰かを『冴えない』なんて言わないですよ。それに、容姿を誇ったこともなければ比べることもありません。ただ、いつも私の側にいて、笑ってくれる素晴らしい女性なんです」


 サツキは荒々しく立つと、襖を開けて出て行ってしまった。

 マサムネは姿勢を正し、丁寧にお辞儀をする。


「レオン殿、そこまでシノのことを思ってくださるとは、親として心から嬉しく思います。シノ。お前はよい伴侶に恵まれたな」


「は、はい。父上」


「3年後までには、やや子の顔を見せてくれ」


「父上!」


 マサムネは笑いながら部屋を出て行ってしまう。

 奥の書院では、サツキが正座をしながらマサムネを待っていた。

 マサムネは顔つきを改める。


「サツキ。お前には辛い役目をさせたな」


「いええ、父上。可愛い妹の為ですもの」


 サツキはゆっくりと頭を下げる。


「あの子はあんなに美しくて、優しいのに手を出さないなんて。レオン様は本当にシノのことを大切に思っているようですね。そして、シノも」


 含み笑いをするサツキは、意地悪さのかけらもない美しい容貌となっていた。

 シキシマで一番の美女というのも、あながち嘘ではない。

 マサムネはサツキの肩に手をやり、ふっと自嘲気味に笑う。


「余計なことをしたかな」


「いいえ、レオン様は奥手な方とお見受けしました。父上が押したからこそ、結婚の2文字が出たのではありませんか?」


 そういうと二人とも穏やかに笑い合う。


「シノには、幸せになってもらいたい。シキシマにいた頃は、辛いことが多かったからな」


 シノは何も言わず、ただ、父マサムネの後ろ姿を見送るのだった。


 その頃、先ほどの部屋では、レオンシュタインとシノの間に一悶着が起こっていた。


「レオン様、シノは嬉しゅうございます。シノのことを、そんなに思ってくださったなんて」


 艶やかに微笑むシノは、いつも以上に美しいけれども、レオンシュタインは先ほどの言葉を言い直そうとしていた。

 シノさんとの結婚を、だったのに、いつの間にか結婚する流れになっている。


 すると、シノがいきなりキモノを脱ぎ始め、下に着けている襦袢だけになる。

 レオンシュタインは慌てて、目をそらす。


「シノさん。いきなり何を?」


 シノは悪戯な目をしながら、サツキと同じような笑顔になる。


「レオン様。もう邪魔者はおりませんわ」


 そう言いながら、肩からジュバンを脱ぎ、白い肌と形のよい胸を露わにする。

 レオンシュタインの方へにじり寄りながら、全ての着衣を脱ぎ捨てようとしていた。


「今こそシノの全てをレオン様に捧げますわ」


「シノさん!」


 そう言うと、レオンシュタインは、脱兎のごとく控え室から飛び出していた。


「レオン様!」


 手を挙げて、甘えた声でレオンシュタインが逃げることを引き留めようとする。

 その声を遠くに聞きながら、全力でその部屋から走り去っていく。

 レオンシュタインは1つのことを確信した。

 シノも間違いなくマサムネやサツキと同じ血が流れている……と。

 

 マサムネ一族は、基本的に全員同じだと思ったレオンシュタインだった。


「レオンさまあ……」

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