第244話 綺麗なお姉さんは好きですか?

 マサムネはレオンシュタインの前に正座し、声を改める。


「レオンシュタイン殿、我がシキシマもノイエラントの一員に加えていただけないか。我が国ばかりか他国の飢饉にすら想いを寄せるその慈愛と寛容に、このマサムネ、感服いたしました」


 マサムネがその場のサムライたちに是非を問うと、異議なしの声が響き渡る。

 その場にいた全員が、レオンシュタインの方に向き直り、正座しながら頭を下げる。


「それでは、我々の新たな当主に挨拶しようぞ。何卒よしなにお願い申し上げ候」


 マサムネの言葉の後、サムライたちはみな平伏する。

 圧巻の眺めだった。

 その後は、無礼講になり、大宴会が始まった。


 シノはレオンシュタインの横で食べ物を取ってきたり、お酒を注いだりと甲斐甲斐しく、世話を焼いている。

 それを見ていたマサムネは、ぐっと酒をあおる。


「ところで、シノ。もうレオン殿と床入りは済ませたのか?」


 マサムネは酒の力もあってか、かなり際どい話題にふれる。


「いいえ。まだでございます」


 シノは悲しそうにうなだれる。

 マサムネは鋭い目でレオンシュタインに確認する。


「レオン殿。シノはお気に召しませんでしたか?」


「いいえ。シノさんは、とても可愛らしくて素敵な方です。それに、参謀としても活躍しております。私の食事の世話も専らシノさんです」


 マサムネは分からないという風に頭を振る。


「けれども、お手つきにはならない……ということは、シノに魅力を感じないということですな。では」


 マサムネがパンパンと手を叩くと、横の襖が音もなく開き、キモノをまとった女性が現れる。


「こちらは、長女のサツキです。シキシマで月読の巫女(占いによって予言をする巫女)をしておりますが、まあよいでしょう。レオン殿に仕えさせたいと存じます」


 サツキは音を立てずに、レオンシュタインの横に来て、徳利を持つ。


「レオン様、ささ、おひとつ」


 サツキは長いストレートの黒髪が美しい、典型的なシキシマ風の女性だ。

 シノよりも2歳年上で、さらに妖艶が増し、長いまつげと蠱惑的な目が特徴的である。

 身長も170cmとかなり高く、すらりとした肢体と豊かな胸と臀部が目立っている。

 シノに勝るとも劣らない美しい女性だ。


「サツキはシキシマ一の美女。これならば、レオン殿も気に入ることでしょう」


「あ、あの!」


 慌ててレオンシュタインはその言葉を遮る。


「気に入るも何も、私はシノさんが側にいてくれるので、サツキさんは別に」


 けれども、マサムネは納得しない。


「レオン殿も男であるからには、女が欲しくなることもあるでしょう。シノに手が出ないのであれば、サツキがお側に使えた方が」


 シノがますます悲しそうな表情になるのを見て、レオンシュタインは黙っていられない。


「マサムネ殿。私はシノさんを気に入らないとか、魅力がないとか、一言でも言いましたか? シノさんほど素晴らしい女性は、そうそういないと思っています」


 シノの顔がさっと明るくなり、愛しさを含ませた眼差しでレオンシュタインを嬉しそうに見つめるシノだった。

 ムキになるレオンシュタインと妹シノの表情を見比べながら、サツキは、


「まあまあ、まずは一献」


 とお酒を勧めてくる。

 レオンシュタインはぐっと一息に飲むと、口当たりが良くて飲みやすい。


「これは、美味しいお酒ですね」


 サツキはシキシマでも、特に美味しいお酒であることを説明し、艶やかに笑って勧めてくる。

 シノはその様子をハラハラ、イライラしながら眺めている。


「レオン様、あまりお酒を飲まれますと」


 シノがやんわりと注意するも、サツキが勧めるままに、レオンシュタインは酒を飲み続けていた。

 止めようにもサツキの勧め方が上手く、杯が乾く暇がない。


「……少し、酔ったかな?」


 レオンシュタインの目が今にも閉じようとしている。

 シノが手を出す前に、サツキが動く。


「それはいけません。こちらにお休みする場所がありますので、どうぞ、ご案内します」


 レオンシュタインの腕を肩に乗せ、そのまま別室に連れて行こうとする。

 シノは思わず、声を荒げる。


「姉上、そのようなことは私がいたします」


 けれども、サツキは頓着しない。


「シノ。そこで『レオンに触らないで』と言えない貴方は側室失格です。貴方は、宴席でレオン様の代理を務めなさい」


 シノはぐっと言葉に詰まり、その場で立ち尽くしてしまう。


「あれ? レオン様はどちらに」


 話をしようと待っている人たちが10人ほど列をなしている。

 シノはすぐに対応を始めるが、どうしてもレオンシュタインが気になる。


 その頃、レオンシュタインは豪奢な部屋に案内され、布団に寝かされていた。

 

「さあ、レオン様。服を脱いで気持ちを楽にしてください」


 するすると服を脱がせてしまうサツキは、いつの間にか自分のキモノまで脱いでしまっていた。

 赤い襦袢に赤い唇が、ほの暗い部屋の中に浮かび上がるように見える。

 レオンシュタインの横にするりと入ると、


「レオン様、私の服もとってくださいません?」


 と、顔の側で甘えるような声を出す。

 けれども、レオンシュタインは苦しい頭の中で理性を保っていた。


(シノさんのお姉さんに……)


 けれども、サツキのささやくような声がレオンシュタインの理性をはぎ取っていく。

 また、頭がぼうっとして、目から光が失われていく。

 ふらふらとサツキの襦袢を脱がせようとした瞬間、部屋の白い襖が開けられる。


「姉上! 一服盛りましたね」


 レオンシュタインの様子を見て、シノは姉の陰謀を見て取った。

 サツキは袖を口にやり、あざ笑うように目で妹を侮蔑する。


「既成事実を作れば良いのよ。別に薬を使ってもいいじゃない?」


 シノは懐からカイケン(短い刀)を取り出す。


「私はレオン様の気持ちを考えないやり方が嫌だって言ってるの」


「何を甘いことを……。だから貴方はダメなのよ。男なんて一度寝てしまえば、あとは」


 その瞬間、シノはサツキに斬りかかる。

 サツキはカイケンでそれを防ぐ。


「あら、私に切りつける度胸はあるのね?」


 二人はカイケンを前にして、対峙する。


「レオン様を馬鹿するような輩は、例え姉上といえども、許すわけにはいきません」


 その緊迫した状況で、レオンシュタインは口を押さえると、慌てて庭の方へ走っていく。


「レオン様!」


 シノが近寄ると、レオンシュタインは胃の中のものを思い切り庭へぶちまけていた。

 カイケンを鞘にしまうと、シノはレオンシュタインの背中を優しくさすり続ける。


「レオン様、全て出してください。今、水をお持ちしますから」


 そう話すと、すぐに茶碗と水瓶を部屋の隅から運んでくる。


「さあ、レオン様」


 茶碗で水を飲ませながら、胃の中の物を全て吐き出させてしまう。


(これで、姉上の怪しい薬の効果は無くなるはず)

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