第252話 大学の創立(自由過ぎ)とマッチョ船

 様々な出来事のために少し時期が遅れたけれども、ついにクリッペン村に大学が創立された。


 王国歴165年5月15日 午前9時のことである。


 クリッペン村の北西は広大な森が広がっており、その森を開拓しつつ、大学の敷地が作られていた。

 最初は村の中央に作る案もあったのだが、バルバトラスが反対したのだ。


「俺らはそれでいいが、自然科学の奴らは広い場所が必要だろう。何よりも実験が大事だからな」


 そのために、1平方キロメートルの敷地が準備される。

 大学と寄宿舎以外には、今のところ何もなかった。

 その周りには人っ子一人いなかったが、バルバトラスは満足したように敷地を眺める。


「そのうち、この周辺は大賑わいさ」


 10年も経たないうちに、それは実現することになる。


 創立の式典などは5分もなく、すぐにガイダンスが始まる。

 現在、設置されたのは、法学(バルバトラス教授)、神学(アンドレア神父)、鉱山学(サラ教授)、建築学(オイゲン教授、アレック助教授)、動物学(グスタフ助教授)、医学(ロッジェリオ教授)である。


 その中でも、すぐに活動を始めた学部があった。

 医学部である。

 ロッジェリオ教授は、ミリアが亡くなったときに、腹から魔族の赤ちゃんを取り出していた。

 生前、ミリアとレオンシュタインの二人から許可を得ていたのだ。

 ミリアを埋葬するとき、魔族と一緒にしたくないという思いがレオンシュタインを動かしていた。


 けれどもロッジェリオ教授は、さらに進んだ目的をもっていた。

 魔族の鱗は硬く、剣が通らないことが多く、その攻撃は魔法に頼ることが多い。

 それを、一般の兵士でも何とかできるように鱗を溶かす物質を探すことにしたのだった。


「聖水だけに頼るようでは、戦えない時がくる。奴らの弱点を少しでもいいから見つけるのだ」


 すぐに実験を開始する医学部だった。


 そのほか、活動したのは鉱山学部だった。

 そもそも、サラ教授に惹かれてしまう学部生は多かったし、一攫千金の夢があるのも鉱山学部だった。


「じゃあ、これから現場に行くけど、ついてくる子いる?」


 10名くらいの男子学生が手を挙げる。


「そ? じゃあ、行こうか」


 鼻の下を伸ばした学生は、すぐに後悔することになる。

 危険動物がうろつく山の中で、サラ教授はあっさりと野宿を敢行する。

 結局、調査が終わったのは2週間後のことだった。


 そのほかの教授達は1時間ほどの講義が終わると、本職の仕事に戻っていった。

 結局、大学に残ったのはバルバトラスだけだった。


「まあ、のんびりやろうか」


 バルバトラスは、講義の後の対話を重視するため、20名前後の学生達を大講義室へと誘い、法律について自由に話すのだった。


 §


 王国歴165年5月20日 朝8時 ジーナの工房にて――― 


「よっしゃあ! できた!!」


 工房で働いているメンバーに喜びの笑顔が広がっていく。

 レオンシュタインたちに発注された高速船がついに完成したのだ。

 完成した高速船は、縦が8m、横幅が80cmという尖った構造をしていた。


 乗り込める人数は10人であり、このうち漕ぎ手は6人、帆の操作が2人である。

 2人しか運ぶことはできない。


 船体は軽く丈夫で、車輪のついた運搬車で運ぶことができる。

 工房で働いている30人が力を合わせて船を川まで運ぶ。

 壊れないように早速、村の中央の船着き場に船を浮かべる。


 細い船体の割には喫水線は深く、転覆などの心配は少ない……はず。

 漕ぎ手6人は、これまでずっとトレーニングを続けてきた、マッチョであり、見るからに漕ぎそうだった。


「じゃあ、向こうの目印まで漕いでくれ!」


 工房のリーダーが指で指した場所は、遙か先1kmの地点である。

 サブリーダーが自分の左手の拍動で時間を計ることにする。

 

「では、用意、スタート!」


 一斉に漕ぎ手マッチョがオールを漕ぐ。

 一糸乱れぬ姿で、どんどん先に進んでいく。


「リーダー! 思った以上に早いです」


 望遠鏡でゴール地点を見ている係員は、予想以上の速度に喜びを隠せない。

 

「ゴールです!」


 その瞬間、サブリーダーの脈拍で計測した結果、約10ノット(時速18km)が出ていることが分かる。


「マジか……。単純計算で10時間で180kmか」


 リベ川の流速は時速1.8~3.6kmほどという観測結果が記録されている。

 それと合わせても、10時間で18km~36kmになる。

 しかも、こちらは休息がいらない。


 次は元に戻るときに、帆だけを使用する実験だ。

 マッチョ達はのんびりと船旅を楽しみ、二人の操作員たちが頑張ることになる。

 結果は予想以上に早く、約6ノット(時速11km)と計測される。


 今日の実験では、マッチョ達の稼働は4時間ほどと考えて72km、川は10時間と考えて18km~36km、帆は10時間と考えて110kmである。

 高速船は、10時間で200kmほど走れる計算になる。


 村の船着き場からヴァルデック領モーリッツまで、2日で行ける計算だ。

 これまでは、馬車で約8日かかっていた。


「さっそくレネさんやレオンさんに報告だ!」


 ジーナ工房の従業員達は興奮しながらレオンシュタインの小屋に向かうのだった。

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